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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

悪いことでしかレベルが上がらない世界に転生したけど、大丈夫そ?

作者: 双葉からす
掲載日:2026/02/20

死因、ダサすぎないか。


 万引き犯を追いかけて交差点に飛び出し、トラックに撥ねられた——というのが、鷹野蓮、十七歳の人生の締めくくりだった。


 クラスの委員長。生活指導の先生より口うるさいと言われ、不良にも正論をぶつけて殴られ、それでも「ダメなものはダメだ」と言い続けた男。

 自分で言うのもなんだけど、正義感だけは人一倍あった。それだけが、俺の取り柄だった。

 その結果がこれだ。


 目を開けたら、見知らぬ荒野に立っていた。

 空は赤黒く、地面はひび割れ、遠くに崩れかけた街が見える。

 まるでゲームの荒廃マップみたいだ——と思った瞬間、目の前に半透明のウィンドウが浮かんだ。


 ピロン♪


 【悪徳経験値システムへようこそ】

 あなたの成長は「悪行」によってのみ促進されます。

 悪行の規模に応じて経験値を獲得します。

 善行を行った場合、経験値は減少します。

 現在のレベル:1

 称号:なし


 「……は?」


 悪行? 経験値?

 なんだこの狂ったシステムは。


 意味がわからないまま、近くの街に向かった。

 そこで俺は、この世界のルールを思い知ることになる。



     ◆



 街に入って最初に見た光景。

 レベル30の男が、レベル5の少年からパンを奪っている。

 少年は泣いている。周りの大人は誰も助けない。それどころか、笑っている者すらいる。


 この世界では「悪事」が力の源だ。

 つまり、悪人ほど強い。善人ほど弱い。

 助け合いは損。奪い合いが正義。

 倫理観が完全に反転した地獄。


 俺は拳を握った。

 体が勝手に動いた。


 「おい。やめろ」


 レベル30の男が振り返る。

 「あ? レベル1が何言ってんだ?」

 殴られた。吹き飛ばされた。肋骨が折れる音がした。


 ピロン♪

 善行を検知しました。経験値が10減少しました。

 ……現在の経験値:0 (これ以上は減少しません)


 路地裏で血を吐きながら、俺は悟った。

 正義は、この世界では文字通り「弱さ」だ。


 ——じゃあ、どうする?


 答えは一つしかなかった。



     ◆



 最初の悪事は、嘘だった。


 宿屋の主人に「金は後で払う」と言って泊まった。払う気はない。

 布団に潜り込んだ瞬間、システム音が鳴った。


 ピロン♪

 悪徳EXP +5 「詐取(軽微)」を検知しました。


 たった5ポイント。でも、確かにゲージが動いた。

 胃が重い。喉の奥が苦い。

 前世の俺なら、絶対に許さなかった行為だ。


 「……生きるためだ」


 次の日、市場に立った。

 目の前に、山積みのリンゴがある。赤くて、艶やかで、甘い匂いがする。

 店主は別の客と話し込んでいる。今なら——


 心臓が跳ねた。

 ドクン、ドクン。こめかみまで脈打つのがわかる。


 手を伸ばす。指先が震えている。

 リンゴに触れた瞬間、全身に鳥肌が立った。


 ——やめろ。これは犯罪だ。


 前世の自分が叫んでいる。

 でも、腹が減っている。昨日から何も食べていない。


 掴んだ。懐に入れようとした——が、指が滑った。

 リンゴが地面に落ちて、コロコロと転がっていく。


 「あ」


 店主が振り返る。目が合った。

 俺は反射的に走った。転がったリンゴを拾い上げ、路地裏に飛び込んだ。


 壁に背中をつけて、荒い息をつく。

 手の中のリンゴは、泥がついて少し傷んでいた。


 ピロン♪

 悪徳EXP +15 「窃盗(軽微)」を検知しました。


 たった一個のリンゴに、こんなに心臓を使った。

 前世の自分が見たら、情けなくて泣くだろう。

 いや——怒るだろう。あの頃の俺は、万引き犯を追いかける側だったのだ。


 震える手で、リンゴにかじりついた。

 甘かった。甘くて、苦かった。


 その次の日、酔っ払いの財布をすり取った。

 昨日よりは、手の震えが少なかった。

 それが怖かった。


 ピロン♪

 悪徳EXP +30 「窃盗(中程度)」を検知しました。

 レベルが2に上昇しました!


 レベルが上がった瞬間、体に力がみなぎった。

 視界がクリアになり、反射速度が上がった感覚がある。


 ——気持ちいい。


 その感覚に、ゾッとした。



     ◆



 レベル5になった頃、事件が起きた。


 路地裏で、子供が二人の男に囲まれていた。

 レベル7と、レベル4。大した強さじゃない。

 でも子供は泣きながら「やめて」と叫んでいる。


 俺は——


 見て見ぬふりをしようとした。

 ここで助けたら経験値が減る。善行判定される。

 そう頭ではわかっていた。


 足が動いた。


 気づいたときには、二人の男を殴り倒していた。

 レベル5の身体能力でも、前世で不良に囲まれて学んだ喧嘩のコツが生きた。

 急所に一撃。逃げ腰の奴らは弱い。


 子供が泣きながら「ありがとう」と言った。


 ピロン♪

 善行を検知しました。経験値が50減少しました。

 レベルが4に低下しました。


 「…………は?」


 レベルが下がった。

 ちまちま悪事を重ねて、ようやくレベル5になったのに。一瞬で吹き飛んだ。


 「おい待て。おいおい待て待て」


 善行のほうが経験値の減り幅がデカいじゃねえか。

 割に合わない。全然割に合わない。


 なのに——足が勝手に動いたのだ。

 体に染みついた「正義感」は、システムよりも強かった。


 「……俺の体、バグってんのか?」


 子供が鼻水を垂らしながら俺の服を掴んでいる。

 振り払えなかった。



     ◆



 それから、地獄のような日々が始まった。


 悪事を重ねてレベルを上げる。

 必死に窃盗、詐欺、恐喝。

 吐きそうになりながらも、生存のために手を汚す。


 なのに。


 道端で転んだ老婆に手を貸してしまう。


 ピロン♪ 善行を検知。経験値が30減少——


 「あああああ!やっちまった!」


 迷子の子供を親のところまで送り届けてしまう。


 ピロン♪ 善行を検知。経験値が40減少——


 「だから!なんで俺は!」


 重い荷物を運んでいる女性を見かけて、反射的に手伝ってしまう。


 ピロン♪ 善行を検知——


 「もう鳴るなああああ!」


 レベルを上げては善行で下がり、上げては下がり。

 二歩進んで一歩戻る。いや、三歩戻ることもある。


 自分で自分が嫌になった。

 悪党として致命的に向いていない。

 なのに——善人として生きるには、この世界は残酷すぎた。



     ◆



 転機は、一人の男との出会いだった。


 名前はガルド。この街の裏社会を仕切る元締め。レベル52。

 俺がレベル8のくせに、レベル12のチンピラを素手で叩きのめしたのを見て、声をかけてきた。


 「面白い動きをするな、小僧。うちに来い」


 断る理由がなかった。

 いや——断りたかったのかもしれない。でも、一人で生き延びる限界はとっくに来ていた。


 ガルドの組織は、この世界の「マフィア」だった。

 縄張り内の商人から上納金を取り、敵対組織を潰し、違法な取引を仲介する。

 やることは全部「悪事」。つまり、効率よくレベルが上がる。


 俺は組織の中で頭角を現した。

 前世で培った「観察力」と「段取り力」が活きた。

 委員長として行事を仕切っていた経験。人の動かし方。報告・連絡・相談の徹底。

 悪事の内容はともかく、組織運営は前世の学校とそう変わらなかった。


 レベル20。30。40。

 恐喝、窃盗、詐欺、密輸。

 手を汚すたびにレベルが上がり、上がるたびに罪悪感が薄れた。


 いつしか、あのシステム音に何も感じなくなった。


 ピロン♪ 悪徳EXP +200——


 「ああ、いつもの」


 それが普通になった。



     ◆



 三年が経った。


 ガルドが対立組織に殺された。

 その報復として、俺は単身で敵のアジトに乗り込み、幹部を全員叩きのめした。

 殺しはしなかった。殺せなかった——のではなく、「殺さない方が恐怖を与えられる」と計算した結果だ。


 少なくとも、そう自分に言い聞かせた。


 気づけば、俺はこの街の裏社会のトップに立っていた。

 レベル78。街で俺に逆らえる人間は、もういない。


 部下は百人を超えた。

 上納金は潤沢に入り、住む場所も食べるものも、何不自由ない。


 前世では想像もできなかった「力」を手に入れた。

 正義感の塊だった高校生が、マフィアのボスになった。


 笑える話だ。

 いや、笑えないか。


 鏡を見ると、目つきの悪い男が映っている。

 あの頃の俺を知っている人間がこの姿を見たら、何を思うだろう。


 ——いや、知っている人間なんて、この世界にはいない。


 そう思っていた。



     ◆



 その日、俺は新しく手に入れた区画の視察をしていた。


 貧民街だ。ボロ布をまとった人々が道端に座り込んでいる。

 以前の俺なら心が痛んだだろう。今は何も感じない——はずだった。


 「すみません……少しだけ、食べ物を分けてもらえませんか」


 道の脇に座っていた少女が、俺に声をかけてきた。

 ボロボロの服。痩せこけた体。でも、不思議と目だけが真っ直ぐだった。


 その目に、覚えがあった。


 「…………え?」


 少女が顔を上げる。


 栗色の髪。そばかすのある頬。

 ——嘘だろ。


 「み……美月?」


 前世の幼馴染。小学校から高校までずっと一緒だった、佐倉美月にそっくりだった。

 いや、そっくりどころじゃない。声も、表情も、あの「困ったように笑う癖」まで同じだ。


 少女は首を傾げた。

 「ミヅキ……? 私はリーナです」


 違う名前。この世界の住人だ。転生者じゃない。

 でも——同じだ。何もかも。


 「…………」


 俺は無言で、懐からパンを取り出して渡した。

 部下に持たされていた非常食だ。


 リーナは驚いた顔をして、それから泣きそうな顔で「ありがとうございます」と言った。


 ピロン♪

 善行を検知しました。経験値が30減少しました。


 久しぶりに聞いた、あの音。


 「…………ああ」


 胸が、痛い。

 何ヶ月も忘れていた感覚だ。


 「……お前、レベルいくつだ」


 「1です」


 「……ずっと?」


 「ずっとです。悪いことは、したくないので」


 ——ダメなものはダメだ。


 前世の自分が言っていた言葉が、他人の口から出てきた。


 俺は立ち尽くしていた。

 マフィアのボスが、貧民街の少女の前で棒立ちになっていた。

 部下たちが怪訝そうな顔をしているのがわかる。


 「……ボス?」


 「帰るぞ」


 振り返らずに歩き出した。

 背中に、リーナの視線を感じた。

 あの目。あの真っ直ぐな目。


 美月と同じ目だ。


 ──お前、また正義の味方ごっこ?


 幼馴染の声が聞こえた気がした。

 前世の美月は、いつも俺のことをそう言ってからかっていた。

 でもその目は、いつも笑っていた。誇らしそうに。


 「……うるせえよ」


 誰に言ったのか、自分でもわからなかった。



     ◆



 その夜、俺はアジトで一人、天井を見つめていた。


 考えていたのは、前世のことだ。

 具体的には、万引き犯を追いかけた最後の日のこと。


 周りが「やめとけ」と言った。「お前が追いかける必要ない」と。

 でも俺は走った。追いかけた。

 理由なんてない。ダメなことをしている奴がいたから、止めたかった。それだけだ。


 その結果、死んだ。

 そしてこの世界に来て、悪事に手を染めた。


 あの「ダメなものはダメだ」と言っていた自分は、もういない。

 ——本当に?


 レベル78。マフィアのボス。部下百人。

 でも今日、パンを渡した。

 反射的に。考える前に。体が勝手に動いた。


 ——三年前と同じだ。


 子供を助けたとき。老婆に手を貸したとき。迷子を送り届けたとき。

 頭では「やめろ」と思っているのに、体が動く。


 前世の自分が、まだ体のどこかに住んでいる。


 「…………参ったな」


 俺は、悪人になりきれていなかった。



     ◆



 翌日から、俺は貧民街に通うようになった。


 理由は自分でもわからない。

 いや、わかっている。リーナに会いに行っている。


 「またパン持ってきたのか」と部下に呆れられた。

 「マフィアのボスが孤児にパン配ってどうすんスか」と笑われた。


 ピロン♪ 善行を検知。経験値が30減少。


 「…………」


 ピロン♪ 善行を検知。経験値が20減少。


 「…………」


 ピロン♪ 善行——


 「聞こえてるよ」


 レベルが77に下がった。

 部下たちの目つきが変わり始めている。

 マフィアのボスがレベルダウンしている。それは「弱くなっている」ということだ。

 この世界では、弱くなった者は喰われる。


 ——わかっている。


 でも、リーナが笑うのだ。

 パンを渡すと、あの美月と同じ顔で。


 「ありがとう。あなたは、本当はいい人なんですね」


 その一言が、三年かけて積み上げた「悪党の仮面」を粉々にした。



     ◆



 レベル75になった日、幹部の一人が反乱を起こした。


 「ボスは善行でレベルダウンしている。もうトップの器じゃない」


 予想していた。遅かれ早かれこうなることはわかっていた。


 反乱軍のリーダーはレベル62の男。俺がかつて拾い上げた部下だ。

 50人の手勢を率いてアジトに攻め込んできた。


 「よお、元ボス。あんたに教わったんだ——弱い奴は喰われるってな」


 「……ああ、教えた」


 俺は剣を抜いた。


 レベル75。相手はレベル62。

 数では負けているが、レベル差は十分にある。

 それに——前世で学んだことがある。


 集団を制圧するのに、全員を倒す必要はない。

 リーダーを潰せば、組織は瓦解する。


 委員長時代に学んだことだ。不良グループのリーダーを正論で黙らせれば、取り巻きは勝手に散る。


 三十秒で決着がついた。


 反乱軍のリーダーを地面に叩きつけ、剣を突きつける。

 残りの49人は、誰一人動けない。


 「……殺すか?」


 リーダーの目に恐怖が浮かぶ。


 「殺さねえよ」


 剣を引いた。


 「聞け。全員だ」


 残った部下と、反乱軍の全員が俺を見る。


 「俺はこの組織を解散する」


 ざわめき。


 「今日から上納金は廃止だ。縄張りも返す。お前らは好きに生きろ。……ただし」


 全員を見渡す。


 「弱い奴を虐げるな。それだけだ」


 ピロン♪

 善行を検知しました。経験値が500減少しました。

 レベルが72に低下しました。


 「……ハハ、500も減るのか。大盤振る舞いだな」



     ◆



 マフィアを解散した翌日。

 俺は貧民街の一角に小さな建物を借りた。


 前世の俺がずっとやりたかったこと。

 不良の更生でも、犯罪者の追跡でもない。

 もっと単純で、もっと根本的なこと。


 ——困っている奴を、助ける場所を作ること。


 孤児院と食堂と診療所を兼ねた、何でも屋みたいな施設。

 名前は決めていない。リーナが「たまりば」と呼び始めて、それがそのまま定着した。


 最初の客は、マフィア時代に俺が恐喝していた商人だった。

 「あんた……本当に改心したのか?」

 「改心っていうか、元に戻っただけだ」


 食料を配る。


 ピロン♪ 善行を検知。Lv71に低下しました。


 怪我人の手当てをする。


 ピロン♪ 善行を検知。Lv70に低下しました。


 孤児に文字を教える。


 ピロン♪ Lv69に低下しました。


 喧嘩の仲裁をする。


 ピロン♪ Lv68に──


 「うるっせえな」


 リーナが隣で笑う。


 「また鳴ってる」


 「毎日鳴ってるよ」


 「嫌じゃないの?」


 「最初は嫌だった。今は──」


 ピロン♪ Lv67に低下しました。


 「……BGMだと思ってる」


 リーナが声を上げて笑った。

 美月と同じ笑い方だった。



     ◆



 レベルが50を切った頃、噂が広まり始めた。


 「元マフィアのボスが貧民街で慈善事業をしている」

 「レベル78あった男が、自分からレベルダウンしている」

 「あいつは頭がおかしいのか?」


 おかしいのかもしれない。この世界の基準では。

 でも、俺から見れば、この世界のほうがおかしい。


 善行で弱くなる。悪行で強くなる。

 誰がこんなシステムを作ったのか知らないが、クソみたいな設計だと思う。


 でも——だからこそ。

 このシステムの中で善行を選ぶことに、意味がある。


 レベルが下がるとわかっていて、それでもパンを配る。

 レベルが下がるとわかっていて、それでも子供を守る。

 レベルが下がるとわかっていて、それでも——


 「それでも、ダメなものはダメなんだよ」


 独り言のつもりだった。


 「それ、前にも聞いた」


 リーナが俺の隣に座っていた。


 「お前に言ったことあったっけ」


 「うん。初めて会った日。パンをくれた時」


 覚えていなかった。無意識に言っていたらしい。


 前世の口癖が、まだ残っていた。

 三年間の悪行でも消えなかった。

 結局、俺の芯はずっとここにあったのだ。



     ◆



 レベルが30を切った日。


 街の領主が「たまりば」にやってきた。レベル70の権力者だ。

 貧民街の再開発を名目に、施設の撤去を命じてきた。


 「レベル30以下の者が、この街で施設を運営する権利はない」


 ルール上は正しい。この世界では、レベルが権力だ。

 レベル30の俺に、レベル70の領主を止める力はない——


 はずだった。


 「やってみろよ」


 俺は領主の前に立った。


 「来るなら来い。レベル30でも、お前の鼻くらいは折れる」


 領主の護衛が剣を抜く。五人。全員レベル50以上。


 ——勝てない。数字の上では。


 でも、俺には三年間マフィアのボスとして培った「殺気」がある。

 レベル78時代に積み上げた戦闘経験がある。

 レベルは下がっても、経験は消えない。


 それに。


 背後に、「たまりば」の住人たちがいる。

 孤児たち。元商人たち。元マフィア構成員まで混じっている。

 全員、レベルは低い。でも、全員が俺の後ろに立っている。


 リーナが、俺の服の裾を掴んだ。

 「……怖い」

 「大丈夫だ」

 「レベル、また下がるよ?」

 「知ってる」


 領主が鼻で笑った。

 「レベル30の男が気取るな。この世界では——」


 「この世界では、悪い奴が強い。知ってるよ。俺がそうだったからな」


 一歩、前に出た。


 「でもな。レベル78まで上がった奴が、自分からレベル30まで落ちた。その意味がわかるか?」


 領主の顔から笑みが消えた。


 「レベルが怖くて善行をやめる奴と、レベルを捨てても善行を選ぶ奴。どっちが本当に強いと思う?」


 護衛たちの剣先が、わずかに揺れた。


 「——帰れ」


 領主は何も言わず、踵を返した。

 護衛たちが続く。最後の一人が、振り返って小さく頭を下げた。



     ◆



 あれから一年。


 「たまりば」は街で一番大きな施設になった。

 元マフィアの構成員たちが、一人、また一人と善行を始めた。

 レベルが下がるとわかっていて。


 ピロン♪ Lv14に低下しました。


 今日も朝から忙しい。

 食事の配給。子供たちの授業。紛争の仲裁。壊れた屋根の修理。


 ピロン♪ Lv13に低下しました。


 リーナが駆けてくる。

 「レンさん! 東区の井戸が壊れたって!」

 「はいはい。今行く」


 ピロン♪ Lv12に低下しました。


 井戸を直す。お礼にリンゴをもらう。それを孤児に渡す。


 ピロン♪ Lv11に低下しました。


 「……まだ鳴ってんのか」


 ピロン♪ Lv10に低下しました。


 「しつこいな、お前」


 隣でリーナが笑っている。

 あの日と同じ、真っ直ぐな目で。


 ピロン♪ Lv9に低下しました。


 「ねえ。レベル1になったらどうするの?」


 「別に。レベル1がどんなもんかは知ってる。最初はそこからだったし」


 「怖くないの?」


 俺はリーナの頭を軽く叩いた。


 「怖いわけないだろ。レベル1でも、お前みたいに胸張って生きてる奴がいるんだから」


 ピロン♪ Lv8に低下しました。


 夕日が沈む。

 赤黒かった空が、いつの間にか普通の茜色になっている。

 この世界も、少しずつ変わってきているのかもしれない。


 ピロン♪ Lv7に低下しました。


 ——ああ、鳴ってる鳴ってる。


 前世で死んだとき、俺は万引き犯を追いかけていた。

 正義感だけで走って、馬鹿みたいに死んだ。


 今世では、マフィアのボスになって、悪事の限りを尽くして、最強になった。

 そして全部捨てて、パンを配っている。


 結局、やってることは同じだ。

 回り道をしただけだ。


 ダメなものはダメ。

 それだけの話だった。


 ピロン♪ Lv6に低下しました。


 「——うるせえよ」


 笑いながら、俺は明日の食材を買いに行った。


(了)

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