マーク
ゴールデンシティから遥か遠く東に向かうと、アップルタウンという農業地帯があった。ここは国のなかでも随一のリンゴの名産地であった。小さなリンゴから、岩のような人間と同じ背丈まで成長する巨大リンゴ。水のように形を保たない水リンゴ。そして薬草としても万能なリンゴの葉。この街の大半は農民で、女王を見たことがあるものはほんの僅かであった。
そんなアップルタウンに一つの朗報が届いた。あのアクア王女がこの街に訪問されるのだ。国民大会を前にいくつかの街を順に回られることになった。レンダンが怒っていた予算の膨れ上がりは、ここにも歳出されている。
街は王女の来訪に歓喜し、出迎えの準備でにぎわっていた。3回前の料理大会で優勝したメニューであるリンゴまんじゅうを、発明者である街の英雄エリンダが直々に振る舞うことはすぐに決まった。
そんな中、王女の来訪に浮かれていない一人の若者がいた。彼の名はマーク。リンゴがたくさん入った麻袋を背負ったマークは、家までの道を歩いていた。
麦畑を子供たちが羽ネズミを追いかけて走り回る。マークの家は小高い丘にあった。妻のシオンと6歳の娘のジュリエットと3人で暮らしていた。食べることには困らない娯楽の少ない生活だったが、マーク達は不自由なく暮らしていた。
坂の勾配を進む歩み。マークの一日の始まりは夜中から始まる。こうして昼すぎに収穫が終わり、その一部の傷が入ったリンゴを家に持ち帰っていた。家が見えると窓から父の帰りを待っていたジュリエットが大きく手を振る。マークは可愛い娘の姿に手を振り返した。
マークが家に入ると、妻のシオンは明るく笑顔で迎え入れる。
「おかえりなさい。今お昼ごはんできたから」
テーブルにはいつものようにパンとスープとリンゴステーキが並べられていた。たちこめるリンゴステーキの甘い香り。この匂いは毎食毎食決まって部屋に漂うアップルランドのお決まりだった。
マークは荷物を床に下ろして、クワを玄関の物掛けに立て掛けた。ジュリエットはマークに水の入った陶器のコップを渡す。帰ってきたマークにお水を渡すことが、ジュリエットの役割であった。
「変わりなかったか?」
マークはジュリエットの頬を撫でると、首を縦に頷いた。
ジュリエットは生まれつき声が出せない病にかかっていた。何人もの医者に診てもらったが、原因はわからないままであった。治癒魔法でも治せない稀な病であった。
3人はテーブルを囲い、早めの夕食を食べる。ローソクの炎だけが頼れる灯りであるため、日の入りと共に一日の生活を区切る生活だ。
夕食を食べ終えて程なくマークは着替えて、風呂のかわりにお湯で絞ったタオルで身体を拭く。寝床にはジュリエットがすでに横になっていた。
シオンはテーブルにローソクを置いて、その近くで裁縫をしている。マークもシオンの隣に座って、黒い袋から木製の剣を取り出す。今年も国民大会に出場するためであった。目的は優勝者に与えられる特権を使って、ジュリエットの声が出せない病を治すためであった。王家直属の治癒師なら、ジュリエットを治せる可能性があったからだ。
「予選次が最後なのよね」
シオンは不安な気持ちを顔には出さなかったが、声には少し滲み出ていた。
「去年はあと少しだったからな。相手は貴族のスヴェンだ。強敵だよ」
これまで3回出場したが、予選の最終まできたのは今回が初めてだった。鍛錬を重ねて村一番の剣客にはなったが、武芸の英才教育を受けている名家相手には心許ない実力であった。




