イチハ
昼間、人里離れた森の中に寂れた神殿があった。錆びついた剣や鎧が無造作に置かれ、時間以外から忘れられたような廃墟となっている。割れたガラスと焦げ落ちた木片は灰色にほこりをかぶっていた。その上に黄色い小鳥がとまる。近くに流れる小川のせせらぎ。神殿の中の踊り場に、小さな渦を巻くように風が一遍吹く。
小鳥は顔を上げて何かを感じたのか、すぐさまに飛び立った。続けて神殿の祭壇の前に、1筋の光が床から天井に向かって伸びる。1筋の光は8本に分裂し、円状に広がっていく。2メートルほどの大きさで、光の筋は青く輝き、床には魔方陣が広かった。
魔法陣の青い光はより強く輝いて、呪文のような文字が円の外側で時計回りに回転している。光りのなかに丸い光の玉が浮かぶと、それは人の形になり、光は大きな柱となった。
光は天井から手を離したように床へと下がっていく。そしてその中から現れたのは1人の少女だった。黒髪に赤いブレザーと黒いスカートに茶色い通学靴。手には白いステッキの先に緑色の宝玉が備えられた魔法の杖が握られていた。
少女は恐る恐る目を開ける。視界に広がるのは寂れた居心地の悪い廃虚であった。足元を見てそして再び周囲を見渡す。警戒するように杖を両手に持つ。そして外からの光が差す崩落したレンガの壁に向かう。
少女はそして緑豊かな自然に目を奪われる。美しさに強張っていた表情が和らぐ。そして廃虚の外へと歩いていく。
踏み出した足元には雑草が生い茂る。少女は自身の服装に違和感を覚えた。
「また制服に戻ってる・・・」
記憶の最後に纏っていた装備は始まりの状態に戻っていた。
「ステータス確認」
少女がそう呟くと杖の先に四角い緑色の映像が映し出された。
見習い魔法使いと書かれた日本語。その下にはレベル、体力、魔力、筋力、すばやさ、運の表記が書かれていた。
「あー、またレベル1か」
少女が杖を振ると映像は消えた。少女の名前は橘イチハ。都立アリス女学園に通う高校2年生。ある日学校へ向かう通学路で不慮の事故に巻き込まえたことをキッカケに異世界へと転生してしまったのだった。
イチハは元の世界に戻るために異世界転生を繰り返していた。3つの世界を救うと、元の世界に戻ることができる。これまでに2つの異世界に行き、茨の道を進みながら仲間を作り、悪の王そして魔王を倒してきた。
この世界を救えば元の学生生活に戻れる。杖を握りしめる手もより一層に力がはいる。イチハはこの世界の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。ここからまたあの冒険ができる高揚感と面倒くささ。今回も前回前々回同様に2か月近くクリアまでに時間を要するのだろう。イチハは吸い込んだ空気を吐き出した。
すると森の草陰から気配を感じ、一歩後ろに飛ぶ。イチハはこの世界の魔物との初めての対峙かと、冷静に杖を構えた。草陰からは物音が続く。ゆっくりこちらへ向かっている。
イチハはまだ自分がレベル1だが、無詠唱でも炎属性の初級魔法は使えることを2度目の転生で経験していた。
あの最強の魔王にも勝ったのだ。イチハはこの世界でも上手く英雄として活躍する。きっとうまくいく。そう思っていた。
しかし、草陰から現れたものを見て、イチハは驚いてしまった。人。全身を細身の黒い鎧で覆った人であった。禍々しい黒いオーラ。先手を撃つことをイチハの思考は消していた。
なんなんだこの恐ろしい敵は。身震いと共に無意識に身体が後ろへと後退する。その後退する足も小刻みに震えていた。
敵であることは間違いなかった。自分に向けられた100%の殺意。黒い鎧は立ち止まり、手を前にかざすと紫色の刀身の剣が黒い煙とともに現れた。
「たちばないちは。この世界を壊す破壊者、、、苦しみを感じる前に消えてもらう」
このままではまずい。確実に相手の力量は今の自分では敵わない。イチハは力量差に気後れしていた。だが、自分が特別な存在であるという存在の理由が勇気に変わる。杖の先を黒い鎧にしっかりと定め、魔法を放った。火球のかたまりが一直線に鎧に向かって放たれた瞬間だった。
自分の放った火の玉が相手に届く3分の1程の距離で、ローソクの火を消すようにフッと消えた。イチハの目にはそれがハッキリと映った瞬間には、手に持っている杖は遥か上空に吹き飛ばされていた。
前回の異世界で中盤に戦った6本の槍を自在に操るボスに、腹を槍で突き刺された時もこうだった。瞬間的な熱さと薄れる意識。あの時は仲間がすぐに助けてくれた。
イチハは薄れる意識のボヤケた光景は、赤く飛び散る血だった。
「嘘でしょ、こんな最初に、、、」
後方に倒れたイチハ。黒い鎧はそれを隣で静観していた。手に持つ剣は黒い煙とともに消えていく。
「あと10人」
上空から落ちてきた杖は黒い鎧の足元に転がる。
異世界転生してきた勇者を12人殺す。それが異世界転生キラーの役職であった。




