白く、光る
魔法
俺の生まれ育った村には、「天才」がいた。
村の小さな学校で、俺とそいつは同じクラスで小学生時代を共に過ごした。
...俺は、あいつが誰かに遅れをとった場面を一度も見たことがなかった。
運動、勉強、頭脳、コミュニケーション能力...挙げ出したらキリがないほど、俺はあいつに負けてきた。
中学に上がったある日、あいつが教室の真ん中で倒れた。すぐに村の医者に運ばれたが、原因は不明。そのまま何日も入院生活を送り、日が経つにつれ奴は見るからに衰弱していった。
...今日も病室の扉は乱雑に開けられる。そして彼は毎回同じしかめっ面でこちらを見る。
「おい、今日もしょぼくれてやがんのか?『僕は不幸な人間なの』ってツラしやがって。」
「ああ、来たんだ。」
「けっ 人が見舞いに来てやってんのに礼の一言もねえのか?この大天才様はよぉ」
「ふふ、君が勝手に来ているのだろう?文句があるなら来なければ良いさ。」
「そんな憎まれ口を叩けるくらい元気なら、とっとと治してそのベッドから出てくるこった。ったく、心底ムカつく野郎だぜ。言われなくても帰ってやるよ。」
「...ああ、あと、明日は梨が欲しいな。」
バタン!...と扉が大きな音を立てて閉まる。誰もいなくなった病室を見た途端、僕は、さっきまで感じていたやるせなさや無性なイラつきが収まった。
それと同時に、1人でまた夜を過ごす孤独感だけが全身を襲った。
次の日も、彼は来た。
「ねえ、君が買ってきた梨はラ・フランスだろ?僕、オルレアン産のルルクチーしか舌が受け付けないんだよね。次からはちゃんとしてよね。」
「あ?美食家気取りか?大して生きてないくせして、達観して物を分かったふうに語るなよ。」
「君だって、僕と生きてる年数は同じなくせに、こんな簡単な違いもわからないことを、自分を棚に上げて語るなよ。」
僕は毎日病の苦しみと不安からイライラしていた。そのイライラを彼にぶつけても、彼はほぼ毎日見舞いに訪れた。他に友達がいないのか、相当暇なのか。だが、どれだけ煽っても一切へこたれず、むしろやり返そうとしてくる彼に、少しだけ興味が湧いてきた。
「君は暇なの?毎日毎日、そんなに僕とお話がしたいのか?」
「...俺はただ、お前が勝ち逃げしないように毎日見張ってるだけだ。」
「? どういう意味?」
「てめーはなんでも教えられないと分からないのか?その優秀な優秀な脳みそで少しは考えてみろ。」
...彼が僕になにやら対抗心を燃やしていることは、小学校の時点でなんとなく気づいてはいた。だが、特にこちらにコンタクトをとってくる様子も、僕を妨害する様子もなかったから、放置しておいた。...それが、5年近く経ってもいまだに深く根を張るほど、強い感情だとは思ってもいなかったからだ。
「君は、僕に死んで欲しい?」
「あ?なんだその質問は」
「君が僕のことを憎く思うなら、今ここで殺しても、きっと僕の病気のせいにできると思うから。」
彼の手を僕の首にあてがう。それを彼は跳ね除け、心底不思議そうな顔でこちらを見る。
「はぁーー?何を抜かしてんだこのマヌケは?とうとう孤独に耐えかねて頭がおかしくなったか?俺がお前を超えた様を、お前が見なくてどーする。俺は、お前がいつまでも頂点で踏ん反り返ってるのをただ引き摺り下ろしたいだけだ。」
悪辣な笑みを浮かべ彼はこう言い放った。
「俺は、お前が衰弱していく横で毎日笑ってやって、人生の勝者は俺であることを網膜に焼き付けさせてやろうとしているんだからな。あっさり死ねると思ったら大間違いだぜ。」
...彼は、どうしても僕を負かせたいのか?だから、こうして、毎日、律儀に土産まで持って、僕のところに...?ぼくに負けたと言わせるだけのために?
「ふっ..あはははは!!!」
「はっ!笑ってられるのも今のうちだぜ!」
「やめてくれ!これ以上笑かさないでくれ!ははは!!」
おかしくっておかしくって、人生で初めて抱腹絶倒ってやつを体験した。
彼は、すごく面白い人だ。とても真っ直ぐで、それが荒んでいた自分には、とても眩しかった。
それから、彼と毎日話すのが楽しみになった。彼が学校終わりに来る時間だけを、毎日楽しみに待っていた。
「ねえ、君、友達はいないの?こんなに毎日通っていて、家族から不審がられたりしないの?」
「友達なんて必要ない。それに、親は兄さんに夢中だから。」
「ああ、小学校の時からみんなの注目の的だった、彼ね。」
「ああ。兄さんは、なんでもこなせるし、常に期待に応えてみせる、凄い人だからな。」
「ふーん。そうか。」
「聞いてきたわりに、どうでも良さそうだな。」
「いや、ただ、それなら、僕と一緒だなと思ったんだ。」
「? お前にも兄弟がいるのか?」
「...僕は、親も、兄弟も、友達も。
誰もいないよ。」
「友達はいるだろ?毎日取り巻きに囲まれてたじゃないか。」
「彼らは、僕の目に見える優秀な部分だけ欲しいんだよ。成績だとか、運動神経だとか。」
「?」
「自分に持っていない物を持っている人間に近づいて、自分にもそれがあるように見せつけたいだけなんだ。」
「そんな弱者の考え方があるのか?他人の名声なんかに頼って、情けないとは思わんのか?」
「知らないよ。そんなの。」
「...おい、なんだ。今日はやけに元気がないな。」
「彼らは、僕のお見舞いになんか、一度だって、来やしないんだ。」
「...」
「僕は、君が来てくれなきゃ、きっと今ごろ心が耐えきれずに死んでいたと思う。」
「...僕に吠え面かかせたいんなら、明日も来てよ。」
「ねえ、君、魔法使いって信じる?」
「なんか、最近噂になってるやつか?」
「そう。最初はフィレンツェで空を飛んだ人間がいたとか。最近は、トリノで手から炎を出した人間がいたとかも聞いたね。」
「ふん。下らん。平和ボケした人間たちの暇つぶしのためのだだのホラ話だ。」
「ちょっと見てて欲しいんだけど。」
「?」
手のひらを上にして、しばらく待つ。すると、小さな炎が突然現れ、ゆらゆらと燃える。
「...は?」
「なんだこれは?」
「分からない。僕も昨日急に出来るようになったんだ。」
「それは、熱いのか?」
「触ってみなよ」
... 「あっつ!」
「ふふふ」
「笑ってんじゃねえぞ!なんだこれは!」
「炎じゃない?」
「そんなことは分かり切ってんだよ!俺が聞いてんのはどうやってやってるかだ!」
「ふふ。悔しいの?」
「ちげーよ。目に見える形で負かせられるモノが見つかって嬉しいんだよ...!」
「はぁ、君は本当に...。でも僕もやりかたを上手く説明はできないんだ。こう...力を入れて、燃えろ!って思ったらなんかできたんだよね。」
「本当だろうな?」
「やってみたら?」
「...燃えろ!!」
「...声には出さなくてもいいかも。」
「ハッ!舐めるなよ!お前と同じ方法を、言われた通りお利口さんにやるとでも?俺はお前よりすごい方法でお前よりすごい炎を出してやるのさ!」
「...ふーーん。君のそういうところ、理解してきたつもりだったけど、流石に何回も聞くとイラついてきたな。やれるもんならやってみろよ。」
「そのイラつきは、俺に抜かれる焦燥感の表れだな。もっと前面に出していけよ。」
「はぁ...。まあ、どーせこういう展開になるとは思っていたよ。帰って練習でもしたら?」
「そうだな。明日を震えて待ってろよ!じゃあな!」
彼は上機嫌な様子で足早に病室を出る。
...僕は、いつまで生きられるのだろう。こんな力を急に手に入れたのも、僕の最後の悪あがきなのだろうか。
次の日、彼はなんだかバツが悪そうに病室に入ってきた。
「...その様子じゃ、できなかったの?」
「...ああ。」
「君、さては碌に寝ずに夜中練習をしていたな?目に隈が見えるぞ。」
「うるせえ。」
「ったく、君は研究職にだけは就かない方がいいタイプだな。そうやって対抗心や悔しさから、休憩も取らず何時間でものめり込んで、体を壊して早死にするって感じだ。」
「おい、俺はお前に職業診断テストを頼んだ訳じゃないぞ。今日来たのは、もう一度炎を出すところを見せてもらうためだ。依頼料のルルクチーも持ってきた。」
「あぁ、ありがとう。でも、僕食欲なくてね。そこに置いておいてよ。それに、依頼料なんかなくても、そんなのいくらでも見せてあげるよ。」
「ほら。」
昨日のように手のひらで炎がゆらゆらと揺れている。だが、それは昨日よりも小さくなっていた。
「でも、今日はそんなに連発はできないかもしれないから、一回一回ありがたく見てよね。」
「調子が悪いのか?」
「まあね。実は僕も昨日は体中が痛くてほとんど寝てないんだ。ほら、そんなことより、こっちに集中したら?」
その後も彼は、熱心に病室で練習をしていた。僕はそれをずっと眺めていた。最初の一度以降、炎を出してくれと頼まれることは無かった。
「は!燃えろ!」
「もうそろそろ帰ったら?僕、眠たくなってきたよ。」
「...そうか。また明日な。」
「...ねえ、明日が来なかったらどうしよう。こうやって別れて、次の日君が見るのが僕の死体だったら、どんな気持ちになるのかな。」
「...お前は体調が悪くてネガティブな気持ちになっているだけだ。心配せずとも、俺がのうのうと死なせるわけがないだろ?」
「...そうだね。そう思っていたほうがいいかもね。」
「そうだ。知っているか?心配事の9割は起きないんだぞ。わかったらとっとと寝ろ。
......明日も来る。」
「待ってる。」
「よう。生きてたじゃねえか。」
「やあ、おはよう。今日は君の方が病人みたいな顔つきだな。」
「チッ!誰のせいで!」
「え?僕のせいで体調が悪いの?だとしたらすまなかった!それより、僕の病気が移った可能性もある!すぐに検査をした方がいいんじゃないか!?」
「...おい。分かってやってんだろ。」
「ふふ。バレたかい?君は本当に分かりやすいな。あんな励ましの言葉を言ったのに、君も不安だったのか。」
「俺は、危うく勝ち逃げされると思って夜もおちおち寝れなかったってだけだ。それより、お前は体調はいいのか?」
「うん。昨日に比べればだいぶマシになったと思うよ。」
「なら良い。それなら本題だ。俺の昨日の練習の成果を見ろ!」
「燃えろ!」
彼の手のひらで、小さな小さな炎が出て、すぐに消えた
「どうだ!0を1にしてやったぞ!」
「...すごく、驚いたよ。君なら、出来ると思っていた。僕が教えなくたって君は、いつか習得するとは思っていたんだ。まさか、こんなに早く出来るようになるなんて...。」
「はははは!もっと驚け!そして恐れ慄け!俺の才能に!努力に!」
「...君は、本当に面白いよ。こんなに仲良くなれるんだったら、もっと早くから、話しておけば良かった...」
ベッドの上に倒れ込む。
「おい!どうした!?しっかりしろ!」
「ごめん、体調が良くなったって言ったけど、あれ嘘なんだ。最後に見るなら、元気な姿がいいかなって思って...。」
「しっかりしろ!今ナースを呼んだ!気をしっかり持て!」
「ふふ。君が僕と遊んでくれてたおかげで、楽しく人生を終われるよ。ありがとう。」
「終わらせるもんか!もっと!話をして!もっと魔法も!使えるようになって!それで!...」
「遠くから、応援してるよ。」
「どうされましたか!?」
「医者を呼んでくれ!」
「残念ですが...。もう...。」
「...クソッ!」
なにが応援してるだ!結局最後までふんぞり返った姿勢は変わらなかった!
ようやく並び立ったと思ったら、また引き離して!一生追い抜かせなくなっちまったじゃねえか!
「勝ち逃げ...しやがって...!!」
目から大粒の涙が、堰を切ったように溢れ出す。嗚咽が、静かな病室に響いた。
5年後...
魔法は、世間に完全に定着していた。普通の人間が、日常的に魔法を操るほどに。
俺は研究者となり、原初の魔法についての研究をしていた。
「あの人、毎日研究室に篭りっきりですよね」
「ああ、彼はきっと魔法に取り憑かれちまってるのさ」
...毎日毎日、式を構築し、実践、失敗、失敗。
同じ研究室の奴らも、俺を魔法オタクだなんだと遠くから眺めているだけ。
...フン。勝手にしろ。俺は、魔法の歴史を紐解きたいだとかそんなたいそうな理由で研究している訳じゃない。
「死者蘇生」これは、難易度が高いなんてレベルじゃない。どの式をどう組み合わせたってできっこない。…まるで神が禁じているかのように。それゆえ、まだ手探りの時期に何人か試してみただけで、それ以外に行った報告は無い。法律で禁止もされていない。
...俺は、まだ勝っていない。
この魔法が成功すれば、あいつも流石に吠え面をかかざるを得ないだろう。俺は、そのためだけに研究を重ねている。
半年、1年...3年の時が経った。人々は、戦争を始めた。それまで、国の発展のために使われていた魔法は、人を殺すための魔法へと変わっていった。
魔法は、人々の願いを映す。純粋な心で放つ魔法は、白く光る一等星のような輝きを示す。が、邪悪な願望で行使した魔法は、どす黒く、底なしの絶望であった。
人は、暗黒を振り翳し戦い続けた。
俺は、蘇生の研究を続けた。
2年経ち、ようやく戦争は終わったらしい。俺は、牢屋から出た。戦争に協力しない反逆者としての日々も終わった。これからまた、魔法の研究ができる!牢屋の中でずっと考えていたんだ!次こそは!
「...魔法は危険である。我々は、2年に及ぶ戦争の末、その結論に至った。人の命を蔑ろにする魔法学の研究は永年禁ずる!」
俺は、蘇生の研究を続けた。
俺の魔法は、まだ白く光っている。
5年、10年、
30年の月日が経った。
とある山奥...
「ここです!ここで、怪しい研究をしているようです!」
「おい!警察だ!ここで何をしている!」
「ひ、ひぃぃ〜!やめてください!私は、ただの乞食です!どうか命だけは〜〜!」
「なんだ、ただの物乞いか。おい、この小屋で、怪しい研究をしていた者や、痕跡は見当たらなかったか?」
「い、いえ、私も、昨日ここへ来たばかりでして...」
次の瞬間、男は殴られ、地面に這いつくばる。
「嘘をつけ!この反逆者め!貴様の服には、魔法のような呪文が書かれているな!裏写りでもしたか!?国命の下に、貴様を始末する!」
……もう、終わるのか…?歳をとって、地べたを這いつくばって、30年かかって……っ!
それでもまだ尻尾を見せない死者蘇生とは、偉くたいそうなもんだ!もう奴の顔すら朧げだというのに!!
くそ!...仕方がない!魔法でこいつらを殺すしか!
「待った。」
!? どこかから声が!?だが、魔法はもう発動してしまう!
視界いっぱいが暗闇で包まれた。
...よく、見えない...本当に、殺したのか...?
...くそ!!これだけは!これだけは!!
「...君の魔法は、綺麗なままだ。」
「!?誰だ!さっきの声もお前か!?どこで見ている!?答えろ!」
「フン。だから僕は言ったのに。研究職は、向いてないって。」
「...お、お前、は...」
「まさか必死こいて、死者蘇生の魔法なんか研究してたなんてね。君は本当に、僕に吠え面をかかせたいんだね。」
「....これが、俺の人生の大団円だ。ちゃんと目に焼き付けたか?」
「あぁ。負けを認めるよ。30年も足掻くなんて、僕にはできない。僕はもっと早く発動できるから。」
「てめえ!潔く認めやがれ!」
「フフ...。」
「っふ、ハハ!」
俺の魔法は、白く光っている。
おわり




