表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

地鎮祭(物理)(4/4)

 ゴシャッという音と共に蜥蜴人間の頭がひしゃげて目玉が飛び出した。金棒を振って血と脳漿をびしゃっと飛び散らす。俺の周りには蜥蜴人間の死体が10体、化けガエルの死体が20体ぐらいあった。金棒を肩に担いで辺りを見回すと、俺達の班にはもう近づく魔物はいないようだった。


「お疲れ様ですサバさん。結局休憩しませんでしたが大丈夫ですか?」


「お疲れさん。これぐらいなら大丈夫だ。他所はどんな様子だ?」


 弥吉に返事を返し、他の警護班の状況を聞く。6つの班は(かなえ)がある小屋を中心に六方向に分かれ、魔物の襲撃を撃退していた。俺達の両隣の班は数人でローテーションしながら敵を撃退し、順調に数を減らしていってるそうだ。


「問題なさそうだな。神子が来るまでは前進は無しだな?」


「はい。儀式が始まれば魔物の侵入を阻む退魔の杭が補充されるようになりますので、今日のところはここを守ることに注力してください」


 俺はその場に胡坐(あぐら)をかいて乾いた沼地の先を眺めた。沼の外縁は背の高い葦や捻じくれた木々も生い茂って視認性が悪いが、深場は土色が見えるぐらいに視線は通る場所も多い。魔物が近づいてきたらもう少し早く気づきそうなもんだが。


「なあ弥吉。これだけの魔物は何処から来るんだろうな?」


「はい?魔物ですからそこら中から現れるんじゃないですかね」


「戦ってたせいかもしれんがいきなり近場に現れたような印象が…」


 話の途中で葦の陰から体長1mの化けガエルがぴょこぴょこ現れた。こいつらは体当たりぐらいしか能がない。水場で不意打ちを食らえば鬱陶しいが、干上がったここではただの鴨だ。低目のボールをホームランするメジャーリーガーのように沼地の奥に打ち返した。今回は魔物の死骸の回収とかは無しだ。その分の補償は報酬に入ってる。なので化けカエルを空中で爆散させるような雑な殺し方でも許された。カエルの相手をしてるうちに蜥蜴人間が走り寄ってきた。あまり休憩は取れないようだから省エネでいこう。


 結局、徹夜して散発的にやってくる魔物の相手をした。弱い敵でも休む暇なく来られるとなかなか辛い。日が中天にさしかかるころ、遠くからシャリン、シャリンと音が聞こえてきた。葦草の上に神輿が見えてくる。多くの僧兵が周囲を取り囲み、屈強な坊主が担ぐ派手な神輿が此方へとやって来た。

 警護役に逆茂木をどかさせて神輿が祭祀場の中央に到着すると、小屋から出ていた泉春が丁寧な礼を取り、神輿の中より子供をエスコートして下していた。その間も俺達警護役は魔物の相手をしていたのでよく見れなかったが、弥吉が言うにはあの子供が妙国寺が擁する神子の一人である鬼子母神の神子=蓮童という名の神子であるとのことだ。二つ名を聞いてもどう凄いのかいまいち分からなかったが、あの偉そうな糸目の泉春がうやうやしく接してるから大切に扱われているのは確かなのだろう。

 神子が小屋に入り、盛大に煙が小屋から立ち上り儀式が開始されると、泉春が光らせた鼎の光よりも大きな光が小屋の周囲に溢れ、元気に襲い掛かってきていた魔物が撤退を始めた。周囲に魔物がいなくなり、弥吉の許可が出たので俺達は地面に倒れこんで連戦の疲れの回復に勤しんだ。


 警護役に与えられた休憩が終わってからの作業はスムーズに進んだ。神子の儀式で退魔の力を充填された杭が各班に渡され、担当の方面に縄張りを広げながら杭を打ち込んでいったのだ。

 三日を掛けて拡げた縄張りは予定の9割まで進めることができた。だが順調に進んだのはそこまでだった。晴から一転、四日目から土砂降りの雨が降りだしたのだ。


「──まさかこんな土砂降りでも作業強行させるとはね。先に打ち込んだ杭の補強とかした方がいいんじゃねえの?」


「それより堺の縄張りといち早く接続するべきとの判断でしょうねぇ」


 俺と弥吉は愚痴りながらも作業を進める。どうせ堺の縄張りと接続するなら最初から堺をスタート地点にすればいいとも思うが、祭祀道具の仕様などもあり、そうそう都合の良い場所の設定はできないそうだ。なんにせよ堺の街側の班は縄張りの拡張を急ぎ、それ以外は雨による不測の事態への備えとなった。

 土砂降りの雨により干上がった沼地は本来の姿を取り戻しつつあった。沼地に戻ったからといって縄張りの効力が消えるわけではないが、退魔の力を込めた杭の地面への打ち込みが甘かったりすると抜けて流されたりして、力の空白部分ができたりする。


「杭が流されたぞー!」


「魔物が出たぞー!」


 縄張りの拡張に勤しむ俺達の後方から声が上がったが、弥吉の判断で俺達は作業を続行することに決まった。豪雨で泥濘に変わった足元をバシャバシャいわせながら葦草をかき分けて進み、大木槌で杭を地面に打ち込んでいく。雨で元気になった魔物がひっきりなしに襲ってくるが、杭と一緒に大木槌で叩き潰して作業を進める。

 周りが泥濘に変わってから魔物の種類も増え、泥田坊という泥でできた細かい造形のないのっぺりした人型の魔物も襲ってくるようになった。こいつは足元の泥沼から急に起き上がってしがみ付き、沼に引きずり込もうとしてくる。子供程度の力しかないので一体ならどうとでもなるが、複数体で一斉に来られると危険な魔物だ。泥田坊に蜥蜴人間、化けガエルを相手にしながら、雨の中しゃにむに杭打ちをしていると、ある時点で急にふっと身体が軽くなるような感じがした。


「なんだ?」


「おっ!?ようやく堺の縄張りと接続できましたかね?」


「ああ、これが縄張りが繋がった感覚かぁ」


 それまで元気に襲い掛かってきた魔物も心なしか腰が引けてるようだ。自分たちの班の残りの杭を打ち切って周りを確認すると他の班ももう少しで完了しそうだ。


「他の班の作業状況を見てきます。サバさん達は休憩しててください」


 弥吉が走って他の状況を見に行った。俺達は少しでも雨除けになりそうな木の下に入って休憩する。祭祀場から離れているので高床式の小屋も草木に隠れて見えない。晴れていれば煙ぐらいは確認できただろうか。


 弥吉が戻ってきて暫く雨脚が弱まるのを期待して待ってみたが、一向に止む気配はないので雨を無視して祭祀場に戻ることとした。ただ、俺と弥吉以外は疲れの様子が酷いので一旦この場に残し、二人だけで状況を確認してくると言って祭祀場へ向かった。


 葦の茂みを抜ければ祭祀場が目に入るという場所まで来ると雨音に交じってワーワーと戦いの声が聞こえてきた。弥吉と顔を見合わせ急いで茂みを抜けると、祭祀場の周りは戦闘状態に入っていた。

 まず目についたのは祭祀場の中央部に迫る巨大な餓鬼ともいうべき見た目の巨人だった。神子を守る僧兵達の攻撃を受けて「ひだるいぃぃぃ!!」と鳴き声のような悲鳴を上げて苦しんでいるので、そちらは問題ないだろう。

 問題は祭祀場の外縁の警護役の者達のところだった。ナマズのような滑った魚体の下半身と山姥のような白髪を振りかざしたババアの上半身を持つ魔物が好きなように暴れまわっていた。大きさは体長5mぐらいで餓鬼巨人の半分以下だが数が三体もいる。二体までは警護役達で抑え込めてるが、フリーになる三体目が邪魔で討伐に至っていない。蜥蜴人間などの弱い魔物はいないが、暴れまわるババアが退魔の杭を引き倒していってるので縄張りが崩壊する危険がある。俺と弥吉は警護役達の加勢に入るために走り出した。


「あのナマズババアの一体は俺が相手する!弥吉は倒れた杭を元に戻せ!」


「!?…了解です。ご武運を!」


 弥吉は共闘を申し出ずに地味な仕事を引き受けてくれた。有能な男だ。これまでの魔物との戦いで俺の近くでの共闘は逆に足を引っ張りかねないと判断したのだろう。俺は泥濘の上を滑るように走るスピードを上げてフリーで暴れてるナマズババアに迫る。

 ゲヒャゲヒャ笑いながら泥の中をのたくり退魔の杭を引き倒しているナマズババアに躍りかかると、大上段から金棒を振り落とした。空中の俺の姿に気付いたナマズババアが腕を上げて防御しようとするが、俺の金棒はナマズババアの前腕をへし折りながら頬骨を粉砕して泥濘に叩き付けた。

 ドパァン!!と水面が破裂するような音を立ててナマズババアの魚体が地面を跳ねる。泥濘が衝撃を吸収して致命傷とはならなかったようだ。それでも初めての有効打でギャアギャア喚きながら苦しんでいるナマズババアの姿を見て、ジリ貧だった武侠者達が「やりやがった!」と歓声を上げて湧いた。

 俺は間髪入れずに追撃に入るが、滑った太い魚体に金棒の打撃がいまいち効きが悪い。前腕をかばって逃げるナマズババアの上半身をもう一度攻撃しようと空中に飛び上がったところ、死角からビシャン!と何かにぶん殴られて俺の身体は水平方向にぶっ飛んだ。


「ぐぉぉぉぉ!?」


 死角から迫っていた別のナマズババアの尾びれでぶん殴られたのだ。前世で軽トラに自転車ごと吹っ飛ばされた時のように25mプールほどの距離を飛んでいく。前世と違って頑丈な身体は、骨折などの重篤な怪我を負っていなさそうなのが救いだ。

 吹っ飛ばされた俺の身体が何かにぶつかって止まる。気を取り直して後ろを振り返ると巨大な尻が眼前にあった。上を向くと「ひだるい?」と呟いて見下ろしている餓鬼巨人と目が合う。


「汚ねえ尻、こっちに向けてんじゃねぇ!!」


 なんかいろいろ汚そうなデカ尻にぶつかったことにカッとなって、金棒でケツバットを喰らわしてしまった。突然の尻への暴力に餓鬼巨人が「ひでぇっ!?」と叫び臀部を抑えながら飛び上がる。


「!?いまだ!攻撃を集中しろ!!」


 僧兵隊の隊長がチャンスと見て配下に攻撃命令を下した。光を纏った矢や炎の球などが雨あられと餓鬼巨人に降り注ぐ。俺も巻き込まれる位置にいるがお構いなしだ。フレンドリーファイアに巻き込まれたくないので爆風を背中に感じながら這う這うの体で逃げ出すと、目の前に俺から逃げ回っていたナマズババアがいるのが見えた。俺に気づいてしっぽ巻いて逃げようとするのを、今度こそ逃がさんとばかりに飛び上がって迫る。金棒を握る手に力を込めて瞳に漆黒の殺意を宿す!


「必殺・百叩きっっ!!」


 一回り膨らんだ俺の筋肉が秒間10発の金棒の殴打を相手に喰らわせる。連撃の一撃一撃が単発で力一杯殴るときほどの威力を誇る。技名をつけているが技ではない。ただ意識してそれっぽい技名を叫ぶと明らかに普通ではない威力がでるのでやっているのだ。神通力と呼ばれる魔法の力だと思う。使うとすごい疲れるしな。ナマズババアは50発ほど全身を殴打されると車に轢かれたカエルのようになって遥か彼方に吹っ飛んでいった。

 僧兵隊に倒された大ボスと、俺の大技でボロ雑巾のようになって倒れた中ボスを見て警護役達から気炎が上がる。ウオオオオオオ!!という地鳴りのような鬨の声に、残り二体のナマズババアは怖気づいたように怯み、踵を返して逃げ出していくのだった。


 魔物に荒らされた杭を打ち込み直して縄張りが完成した。雨によって沼地に戻ったが祭祀の効果があるうちは魔物は忌諱して近づかない土地となった。今のうちに干拓なりなんなりして使える土地にしてしまうことになる。ただ、俺達の仕事としてはここまでだ。

 妙国寺の神子と糸目僧侶の泉春はさっさと撤収してしまった。僧兵隊が戦っていた餓鬼巨人を俺が怯ませて僧兵達が倒すのに貢献したはずなんだが特に礼も何もなかった。だが代わりに和泉屋の番頭からは丁寧な礼と金一封が俺に直接渡され、弥吉からも報酬は色を付けて渡しますので楽しみにしてくださいと言われた。

 餓鬼巨人は『ひだるがみ』という魔物で、あのクラスの魔物が現れることは稀だそうだ。そんなのが現れた現場は大抵悲惨な結果に終わるらしい。これほど被害少なく終われたことは幸運だったと感謝された。

 ただ気になることも言われた。ひだるがみは飢えて死んだ者の怨念が集まって生まれる魔物なので、今回現れた大きさのひだるがみが発生するには大規模な飢饉などが起きなければならない。しかしこの場所でそのような大規模な飢饉が起きた記録はない。もっと言うとそもそもここは人の住める土地じゃなかった。

 まあなんにせよ、あれがどういう経緯でここに現れたかは俺が頭をひねっても真実には辿り着けないだろう。その話は頭の片隅に置いて気にしないことにした。




 トラブルはあったが警護役の仕事は完遂した。弥吉とともに夕刻前に街に戻り水元屋の主人の与三郎に完了報告をした。ナマズババアを単独で討伐したことにはかなり驚かれた。あの魔物は徒党を組んだ銅級が銀級に率いられて倒せるレベルの強さを持っているとみなされてるらしい。ただ、金棒でボコボコにしてしまったので素材としての価値はないと思われる。

 服がドロドロだったので店舗裏の土間から報告させてもらったのだが、与三郎の厚意で店舗に隣接する屋敷の風呂を貸してもらえることになった。奇麗な湯を張ったでかい樽に浸かる風呂は格別で、疲れがいっぺんに吹き飛ぶ。俺の七分丈のズボンも下女の人が丁寧に洗ってくれ、シャツ代わりの小袖は戦闘でぼろぼろになったので代わりをくれた。ヤシかシュロの柄の南国風味の洒落た小袖だ。よく水を絞ったズボンと腹巻を着け、小袖を羽織って水元屋の屋敷を後にする。晩飯も招待されたがさすがにそこまで世話になるのはどうかと思ったので固辞させてもらった。


 報酬で懐が温かくなったので赤毛の美少女=シルエラが店員をしている南蛮飯を出す店に顔を出してみることにした。店の前に着くと「砂陽楼サボール・デル・ソル」と書かれた看板の横にパスタやアヒージョの絵が描かれたメニューが張り出されている。そのメニューを見て入るか検討している客もいれば、すたすたと入っていく常連っぽい客もいる。10日前に来た時は閑古鳥が鳴いていたのに随分と流行りだしたものだ。気を取り直して暖簾をくぐる。


「席あいてるかい?」


「いらっしゃいませぇ!あっ!サバさん!」


 シルエラが俺の顔を見てパァッと花が咲くような笑顔を見せた。可愛らしい娘だ。あと二、三年すればオードリーヘップバーンみたいな絶世の美女になれるんじゃないだろうか。例えがおじいちゃん臭いか?


「こちらの席へどうぞ。この前サバさんに教えてもらったお品書きを作って店の前に張り出したら、徐々にお客が増えて10日で順番待ちの行列ができることもあるほどの人気店になれました。ほんとにありがとうございます!」


 シルエラが額がぶつかりそうなほどの勢いでお礼を言ってくるので椅子に仰け反ってしまった。


「いや、もともと大将の料理は美味かったからね。客が入れば流行ってたさ」


「その入るまでが大変だったんですよー。サバさんにはほんと感謝してます。なんでも頼んでください。わたしがおごります」


「いい、いい。子供がそんな気を使わなくていい。おっちゃん今は懐があったかいからな」


「ぶー、おっちゃんって言うほどの歳の差はないじゃないですかぁ」


 かわいい女の子と楽しくお喋りできると嬉しいよね。前世のガールズバーよりよほど楽しいわ。シルエラにアサリのパスタと白身魚のオイル焼き、魚介のスープを注文した。南蛮船からワインが手に入ったそうだからそれももらう。頼んだ料理とはあわない赤ワインだったが、俺はそのあたりにこだわりはないので気にせず飲んだ。ちょっと水で薄めすぎな感はあったがちゃんと現代に通ずる赤ワインだった。


 飯を美味しく平らげ、塩辛をつまみに濁り酒を飲む。魔物相手に大活躍だった金棒が水で汚れを流した後、拭くだけしかして貰えていなかったので、シルエラに頼んで油をもらい金棒に塗り込んでいった。

 適度に込んだ店内のワイワイガヤガヤとした喧騒をBGMに晩酌を続ける。いつの間にか前に座ったシルエラのお喋りに付き合って相槌を打ってると、前世で嫁さんと家でゆっくりしていた時間を思い出した。嫁さんがテレビを見ている後ろで俺がソファに寝転がりスマフォをいじっている。時たま嫁が喋りかけてきて俺が適当に返す。そんな雰囲気。楽しげに喋るシルエラにバレないように欠伸で目元を誤魔化し、酒をくっと飲み干して大将に濁り酒をおかわりした。




 完

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ