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南蛮料理屋の看板娘(3/4)

次話の投稿は23時頃です。

 わたしの名前はシルエラ。名前は南蛮人だけど日本人とのハーフの14歳の女の子だ。父の名はブルーノ。南蛮船の船員を辞めて母の梅子と結婚をして堺に飯処を開業した。父の故郷の料理と日本の料理を出しているお店だ。客層は南蛮人と日本人が半々ぐらい。わたしはそこで給仕のお手伝いをしている。


『ようシルエラ!相変わらず良い尻してんな!暇なら今晩付き合ってくれよ!』


『おととい来な!あんた故郷に嫁さんいるだろ!!』


 南蛮人の船員は下品な言葉でコナをかけてくる。おかげでわたしの南蛮語は汚染されてしまった。あいつら的にはわたしは凄く美人に見えるそうだ。けど赤髪で外国人顔で身長が高いから日本人の男には受けが悪い。父は例外として、南蛮人が日本に居つくことは無いからあいつらと付き合う気はない。あーあ、日本人の男でわたしが良いって言う人がいないかなぁ。


 店は昼と夜の二部に分けて開店している。安価ではないが庶民でも手が届く値段の照明器具のおかげで暗くなってもお店を開けられるので助かっている。戸を開けて暖簾を掛ければ開店だ。開ける前に並ぶ人がいるほど流行ってはいないから客の入りが悪い時はわたしが呼び込みもしている。今日も少なそうなら呼び込みしようかな。扉を開けて暖簾を持って外に出ると、目の前に大男が立っていた。


「きゃっ!?」


「あっと、すまんお嬢ちゃん」


 意外と物腰の柔らかい喋り方をする人だった。わたしより頭一つ分は背が高い。髷を結ってないけど顔立ちを見るに日本人だ。けど今まで見たどの人より屈強な身体をしている。腕なんてわたしの腰ぐらい太いんじゃないかな。


「ん?南蛮人かな。言葉通じてる?」


「むっ、見た目はこんなでも日本人ですよ!」


「あぁ、重ね重ねすまない。悪気はなかったんだ」


 なんか、いかつい見た目してるけどいい人っぽいかな?女のわたしにも気を遣って接してくれるし。


「ええと、ここって飯処かな?何か食える?」


「あっ、お兄さんお客さんですか!言ってもらったら何でも作りますよ!日本食でも南蛮食でも、どちらも用意できます!!」


 今晩のお客さん第一号だ。わたしはお兄さんのぶっとい腕をとって店の中に引き込んだ。椅子を引いてテーブルに座ってもらうと結構自然に座ったな。日本人は椅子を使ったことない人が多いからまごつく人が多いんだけど。


「へえ、椅子とテーブルがあるのか。胡坐かいて膳で飯食うより楽でいいよな」


 お兄さんは椅子経験者だったようだ。わたしは湯のみに水を汲んで持っていくことにした。本日最初のお客様への特別なおもてなしだ。


「うーん、なんでもか、メニュー欲しいな…どういったものが作れるか教えてもらえるか?」


「えーとですねえ……」


 お兄さんがうちが作れる料理を聞いてきたので、日本料理ならうどん、そば、焼き魚、葉物野菜のお浸し、芋の煮物とかを上げて、南蛮食ならパスタとかアヒージョを料理名を使わずに説明してみた。うちは何でも作るので品数が多いのが自慢だ。なんでも頼んでよ。


「ふーん、品数は多くは無いけど、そこそこあるな。──南蛮料理のニンニク唐辛子油を絡めた麺と、魚貝の油煮と焼いた麵包(パン)をくれ」


 んん?品数が少ないって聞こえたけど…まあいいや。初手で南蛮食を選ぶ日本人って珍しいよね。代金をもらって厨房の父に注文を伝えると、むっつりとした顔で頷いて調理を開始した。父は顔は怖いが怒っているわけではなく、ただシャイなだけだ。けどむっつり顔で接客はできないので普段は厨房から出てこない。給仕は母とわたしでして、仕入れ担当は母だけだ。わたしの外国人顔だと仕入れさせてくれない農家の人とかいるしね。


「──むぐむぐ。おぉペペロンチーノだ。さすがにオリーブオイルじゃないけど。まさかこの時代にパスタを食える日が来るとは思わんかった」


 お兄さんはおいしく食べてくれてるようだ。独り言を言って感動してるみたいだが他のテーブルを拭いてたので何を言ってるかは聞こえなかった。箸と一緒に竹製のフォークも出してしまったがフォークを使ってる。南蛮食に慣れてるのかな?


「ふー、美味かったよ。ごちそうさま」


「お粗末様でした。お水のおかわりどうです?」


「いただくよ。ありがとう」


 うーん、やっぱりこのお兄さん紳士的ぃ、いいかも。湯のみに水を注いで持っていくとお兄さんが話しかけてきたので会話にのる。


「こんなうまい店があるなんて知らなかったよ」


「んふっ、ありがとうございます。けど流行らないんですよねえ。南蛮食って日本人は注文してくれないから」


 お兄さんは、ああそうかもなあと納得顔で苦笑すると、腹巻から熨斗紙(のしがみ)を取り出しテーブルに広げ、皿に残った油を指につけてさらさらと何かを描きだした。

 ──描きだされたのは、さっきお兄さんが食べたパスタの絵だ。本物に似せててかなり上手い。上に南蛮油麺と書いてあり、下には値段も書いてある。


「この店って何を出すのかパッと見わからないだろ?いちげんの客が入り難いんだよ。表にこんな感じでお品書きと値段を出しといてくれたら検討しやすい。ついでに簡単な絵もあると尚良し。字が読めない奴向けにもなるしな」


 お兄さんが油で絵を描いた熨斗紙をわたしに手渡し、席を立って店を出ていこうとする。わたしはつい呼び止めて名前を聞いてしまった。


「あっありがとうございます!あの、わたしシルエラって言います。お兄さんのお名前は?」


「ああ、俺はサバって名前だ。また来るよ。ごっそさん」


 さわやかに去っていく筋骨隆々の偉丈夫の後ろ姿に、わたしはドキドキする胸の高鳴りを感じていた。こ、これは運命の出会いかも。お品書きがお店を流行らすのに効果があるかはわからないけど、お兄さんが次来た時がっかりしないように表にお品書きを並べておこう。




 ◇




 俺は愛用の金棒を持って、日も昇らない朝早くから水元屋の裏の勝手口前に立っていた。鎧櫃を背負い槍を持った弥吉が出てきたので、見送りに出てきた与三郎に挨拶をしてから弥吉と連れ立って歩きだす。


「すみませんサバさん。お待たせしました」


「大して待ってない。さっき櫃の中を見せてもらったが見事な鎧を持ってるんだな。槍を構えたら侍大将にでも見えるんじゃないか?」


「ええ、たまにこういう仕事があるんで、店のほうに揃えてもらったんですよ」


 街灯が消えた薄暗い通りは朝焼けの空のおかげで真っ暗ではないが、もう少し寝ていたい明るさだ。それでも働き始める人は多いようで、そこそこ行きかう人間はいる。堺の街は街灯のおかげで夜更かしできるようになったせいで、人の睡眠時間は減ってしまったようだ。


 堺の実質的支配者の会合衆の一つである大商会の和泉屋が取り仕切る祭祀。その傘下の水元屋が引き受けた警護の仕事に俺も参加する。傘下の商会はいくつもあるので警護は30人ほどになるとのことだ。祭祀の実行役の神子を直近で護るのは寺院の僧兵が担い、祭祀場に魔物を近づけさせないようにするのが警護役の務めとなる。俺達は祭祀場に現地集合するので薄暗い中を歩いて向かった。


「ところで祭祀ってのは何をするんだ?10日ほど予定空けろとは言われたが」


「そういえば、詳しい仕事の流れの説明が未だでしたね」


 弥吉が祭祀と俺達の仕事内容を説明してくれた。祭祀の目的は土地の陰気を祓って人が利用しやすくすることである。堺の街は成長著しいので慢性的な土地不足なのだが、耕作地に使えるような優良な土地は畿内を支配する武家との関係もあり、好きに使うことはできないが、湿地帯など未利用の土地はその限りではない。今回祭祀を行う場所は堺の東側にある沼地の一部で、今年は雨が少なかったのか、大半が干上がっていた。せっかくなので祭祀によって陰気と魔物を駆逐して干拓工事を進めてしまおうというのだ。

 俺たちは現地についたら和泉屋の指示で祭祀場の中心に魔物を蹴散らしながら櫓を建てる。櫓などの資材は既に近場まで運び込まれてるそうだ。櫓を中心に退魔の力が籠った杭を地面に打ち込んで最初の防衛線を築くのを今日か明日中に終わらせる予定だ。翌日に神子が櫓に上り儀式を開始し、櫓を中心に陰気が祓われた陣地が広がっていくので退魔の杭を地面に打ち込みながら縄張りを拡大していく。全工程に5日を予定しているが、雨が降り魔物の活動が活性化するなど不測の事態に備えて5日を予備としている。堺の街の縄張りと接続できれば魔物の数が減って非戦闘員の作業員が入りやすくなるとのことだ。


「俺は担当の場所で魔物を倒しながら前進したら良いってことか?」


「はいそんな感じで。適当なところで縄張りの杭と休憩用の簡易陣地を敷きますんで、そこで止まってくれたらいいです」


「了解。他の傘下の店からも人が来てるんだよな。一緒にやるのか?」


「はい。ご近所の店からも4人ほど来るのですが、荒事に慣れた人材を集められなかったそうなので、うちに合流させて欲しいそうです」


 集められた人員は6つに班分けされ、その一つの指揮は水元屋がとるそうだ。2つの商店が同じ班になったが、戦闘職の人間が集められなかったそうなので俺がメインで頑張ることになる。弥吉も戦えるので俺が抜かれたらフォローしてくれと言っておいた。


 祭祀場近くの集合場所は藪を切り拓いて資材小屋を建てた場所だった。雨が降れば泥濘(ぬかるみ)に沈みそうな場所なのであくまで一時的な仮拠点だ。俺達が到着してから程なくして和泉屋の番頭と名乗る男が前に出て挨拶と班分けや資材運搬の段取りを説明した。最初に櫓の建設予定地に(かなえ)という特別な杭を打つのだが、その作業は僧侶がやってくれるらしい。

 和泉屋の番頭の説明が終わると糸目の胡散臭い僧侶が前に出てきた。ぞんざいに妙国寺の泉春(せんしゅん)だと名乗ってから、着いて来いと言って10人ほどの僧兵を引き連れてさっさと出発してしまった。俺達は慌てて担当の資材を担いで後を追うこととなった。

 立ち塞がる水生の魔物は僧兵達が鎧袖一触とばかりに軽々と打倒していく。僧兵達に守られる泉春は断末魔を上げる蜥蜴(とかげ)人間を一顧だにせず、スタスタと干上がった沼地を先へと進んでいった。


 祭祀の中心地は蜥蜴人間の縄張りなのか、近づくほどに襲撃が激しくなってきた。泉春を追う俺達のところにも蜥蜴人間の襲撃がやってくるようになった。僧兵はこちらのフォローはしてくれないようなので自分達の身は自分で守る必要がある。戦える者は列の外側に出て襲ってくる蜥蜴人間の攻撃を受け止めて反撃する。俺も金棒で蜥蜴人間の頭をカチ割っていき、粗末な槍で攻撃を受け止めようとする奴もお構いなく粉砕していった。


 俺達が泉春に追いついた時には中心地の魔物は、ほぼほぼ僧兵によって退治されていた。泉春の指示で僧兵の運ぶ鼎が地面に下ろされ、微妙な位置調整をした後に木槌で地面に打ち込まれた。泉春が読経を上げると鼎がぼんやりと光りだし、半径5mほどの光のドームが数秒生まれる。周りで僧兵と争っていた蜥蜴人間達がその光を目にするとギャアギャアと鳴きながら逃げ散っていった。


「「「おおぉ、すげぇ!!」」」


「一時的なものだ!警護の者は櫓を組め!!」


 俺達の感嘆の声は泉春の鋭い指示に掻き消され、バタバタと櫓を組み立てる作業に追いやられた。櫓の基礎となる丸太を打ち込む個所に穴を掘り、4人がかりで大人が一抱えするほどの太さの丸太を立てていく。俺の班の連中は弥吉以外は力仕事は頼りにならなそうなので俺が一人で丸太を立て、足場に乗った弥吉が大木槌で手早く地面に打ち込んでいった。

 櫓は俺達の建てた6本の柱の、地上1.5mの位置に床板がある高床式の小屋のような見た目だった。部屋の真ん中にキャンプファイヤーを彷彿とさせる火をおこす台が置かれ、屋根の真ん中に炎や煙が抜ける穴が空いており、穴の上空には雨避けの屋根も付いている。神子がここで火を焚きながら神通力を振るう神事を行うのだろう。

 小屋が組み上がったら俺達はさっさと小屋から離された。泉春とお付きの下っ端の僧が中に入って神事の準備をする。小屋の周りは僧兵が固め、その外で俺達は逆茂木をバリケードに魔物の襲撃に備える。縄張りを拡張していくのは明日、神子が来てからだ。

 バリケードを設置し終えて座って一休みしてると、魔物が来たぞと声が上がった。弥吉が一番に飛び起き、俺達に声を掛ける。


「魔物を柵の内側に入れるな!サバさんは外で寄ってくる魔物を倒してください!他は柵の内側から槍を伸ばして魔物を近づけないことに専念しろ!」


 俺は自分への指示を聞き終えると前線に躍り出た。


「今夜はおそらく徹夜です。適当なところで休憩してください!その間はあっしが代わりに抑えます!」


 背中に弥吉の声を聞きながら俺はひらひらと手を振り、了解の意思を返す。魔物はすぐ目の前まで迫ってきていた。




次話の投稿は23時頃です。

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