王子「ヘルベルト」
政略結婚。
もちろん、皇女が遭遇しない訳が無いもの。
例え、お互いに特に好きでもなくても、我が国民たちの為、考えなければいけない。
アリスフィアは、結婚自体は嫌いではない。
ただ、特に好きでもない人と勝手に結婚させられるのが嫌なのである。
特に、あのヘルベルト王子となると――
「嫉妬ですか、マルクさん?」
メイドが少し不服そうな顔をしているマルクに向かってそんなことを言う。
ここは執事やメイドの休憩室的なもの。
ちょっとした料理などなら出来そうなキッチンがあるこの部屋でマルクは自分が飲む為に紅茶を淹れていた。
「はっ?何を言うんですかメイド長」
マルクは焦ったように反論する。
手までもが反応してしまって紅茶が少し溢れたのは秘密である。
今、アリスフィアはヘルベルト王子とお見合いをしていて、流石に執事のマルクは追い出された為、休憩中という訳である。
「分かりますよ〜。好きな幼馴染が誰かに取られそうで焦ってしまう気持ち」
メイド長はマルクをからかうように言った。
あくまでも、メイドの長であるのだからそういうことは控えて欲しいのだが、メイド長はそんなこと聞かない。いつもマルクをからかっている。
「はぁ!?俺はただアリスフィアが心配で……!」
「あっ……」と自分の言ったことに気が付いて口を塞いだ時には、メイド長は笑いをこらえて、楽しそうにこっちを見ていた。
「ふぅ〜ん?そうですか。心配してるんですか」
マルクは墓穴を掘ってしまったようだ。
余裕を失ってしまったマルクの敗退である。
「それでは、私は持ち場に戻りますね」
メイド長はそう言って楽しそうに持ち場に帰っていった。
マルクは体力を削られたようにため息を吐いて、席に座り先程淹れた紅茶を飲んだ。
白色の壁が心を落ち着ける。
ここは一階なので、窓から外を見れば、大きな庭の様子が良く分かる。
外には皇女様であるぞと言わんばかりの主張の激しい花が沢山ある。
アリスフィアは「綺麗だから良いのだけれど……」と言っていた。その時のアリスフィアの表情に関しては想像にお任せしよう。
そして、マルクはヘルベルトについて思い出し――
エルンスト大陸。
この大陸は主に東と西で差別化される。
別に優劣という意味ではなく、東の国々と西の国々と言われるだけである。
マルクたちの国、ユーナス帝国は東と西の間にあり、貿易などでは、重要拠点となる。
ただ、最近西側で敵が増加してきた為、一時的に西側の門を封鎖している。
そんなこともあり、東側の国々の中でも力を持ち隣国であるラスカー王国とは仲良くしたい。
ラスカー王国第一王子ヘルベルト・S・リーゼ・ラスカーは大陸一のイケメンと称されており、人々の信頼を勝ち取っている。
(……アリスフィアは単純にヘルベルトを好きなった可能性……ないない。多分ない)
イケメンとは怖いものである。
そこら辺の国のお嬢様を射貫くのであるから。
それはともかく、権力面でも強力である。
ラスカー王国は資源が多く、産業面や経済面では大陸の中でも有数の力と言えるだろう。
だからこそ、アリスフィアはそんな第一王子と仲良くなりたい訳である。
この国は今、あまり良い景気ではないのである。
つまり、アリスフィアの判断はある意味で言えばもっともである。
この機会に仲良くなり、あわよくば、同盟など結べられたらということである。
(でも結婚はなぁ……)
と、何回目か分からない悩みを抱えるマルクである。
分かっている。分かっていた。だいぶ前から。
いつかはそうなり、いつかは自分は除け者になると。
それは被害妄想みたいな早とちりでも何でもなく、事実である。
マルクはあくまで、偶然拾ってもらった孤児で。
(贅沢は言えない身分か……)
それなら、アリスフィアが幸せになれるような環境を自分が整えるのみ、と思うマルクであった。
「そういえば、姫様から頼まれていたものがありましたね。こんなこと考えている暇ではありませんでした」
「さ、仕事仕事」と休憩を終わらしていつもの業務に戻ろうとした時、
「マルクさん!お姫様が倒れました!!」
バタバタとしながら休憩室の扉を開けたメイドが慌ててそう言った。