皇女「アリスフィア」
ユーナス帝国第二皇女アリスフィア・リーゼ・ファルケンベルク。
アリスフィアが嫌いなその正式名称を聞いた人々はどんな反応をするだろうか。
女神と崇めるだろうか。
あの帝国だと恐れをなすだろうか。
ユーナス帝国にはあまり良い印象を受けない人が多い。
大陸中に轟くその名を語ることは、大陸一の軍隊を代弁しているようなもので。
特に国土が広い訳でも、本当の大陸一の軍隊を持っている訳でもない。
ただ、女神と崇められ、
とても高貴だと恐れられる、
あのお姫様が居るだけである――
「うへぇ……」
アリスフィアは先程から机に顔を伏せている。
何もしたくないと言わんばかりに。
「これが今日のお仕事ですよ」
だが、マルクは容赦なく、アリスフィアの面前に大量の書類を置いた。
ここは事務室。
言わずもがな、ユーナス帝国の皇女様が仕事をする場である。
静まっている茶色を基調としたこの広い部屋には、漆が塗られている高価な事務机が奥にあり、色々な政治に関する書物を大量に収納している大きな本棚が事務机の更に奥に鎮座している。
入って左手の窓際に沢山ある、希少でもない、庶民的な観葉植物はアリスフィアの趣味である。
床にある独特な模様を持つカーペットは、親バカの王様が娘にと、プレゼントしたものだったか。
……アリスフィアがあまり喜んでなかったことは言うまでもない。
「……多すぎますわ。書類」
アリスフィアの面前に鎮座する大量の書類を見て、彼女は絶望を感じたようだ。
「はぁ、分かりましたよ」
マルクは呆れたような、諦めたような感じでアリスフィアの仕事を手伝い始める。
いつものことである。
だらだらしている皇女と、
甘々な執事の日常である。
隣に座って来て、真面目に自分の仕事をしてくれているマルクを見て、流石のアリスフィアも真面目に仕事をし始めた。
机に書類を広げ、情報を整理。
アリスフィアの許可や意志が必要な書類であれば彼女に渡して吟味してもらう。
そして可決ならサイン。
否決なら送り返すなど。
大体これで午前中が潰れる。
まぁ、アリスフィアが朝にしっかり起きてくれればの話であるが。
「この書類、姫様のご意向が必要だと」
と、言って、アリスフィアに書類を丁寧に渡す。
「ふむ……またですわね」
彼女は一通り目を通した後、呆れたようにため息をついた。
当然の如く、却下とされたその書類に記載されていたのは、辺境貴族たちの領土による競争である。
王などにコネがある貴族などは、こうやってアリスフィアに領土をもらいに来たり、仲裁をお願いしたり。
もちろん皇族がそんなことする訳がなく、そちらで解決してくれと言っているが、聞く耳を持たず。
ついにアリスフィアは無視という選択に至った訳である。
「このままであれば良いのですが……激化すれば……」
ただ、マルクはこの領地争いが激化し、今までバランスが保たれていた貴族たちの権力が大きく変動し、この帝国自体に影響が行くことを恐れている。少し心配し過ぎかもしれないが、貴族たちのバランスが重要なのは事実である。今はまだ辺境貴族たちの権力は丁度良いバランスを保てている為、直ぐに何かが起こる訳では無い。
「その時はこの私がどうかしますわ!」
頼りなさそうで、実際にはとてつもなく権力を持ってて、何より国民だけでなく、他国民にまで信頼されている。
不思議な人だなとマルクは思った。
彼女は慈悲深いと良く言われる。
実際には慈悲深いのではなく、ただお人好しで、物凄く面倒臭いものにも、誰かが困っていたら突っ込んでしまうだけである。
まぁ、そんな所が良いのだが。
「って、何してるんですか姫様」
アリスフィアが急に立って、窓際の観葉植物へ向った。
そこで何をするかと思えば――
「仕事ですわ!」
もちろん、引きずり戻してきた。
「うぅ……ひどいですわ」
アリスフィアは泣く泣く椅子に座った。
そして一つの書類を見つけ――
「あら……?」
アリスフィアは真剣な様子で内容を吟味した。
何回も読み返した。
マルクはそんなアリスフィアはあまり見たことがない。
少し嫌な予感を抱きながら、マルクは書類を見てみた。
「ヘルベルト王子……」
ラスカー王国第一王子ヘルベルト・シビーラ・リーゼ・ラスカー。
長いので大体、ヘルベルト・S・リーゼ・ラスカーと略されるこの人物はユーナス帝国の隣国であるラスカー王国のイケメンである。
彼は、色々な貴族、王族に狙われているハンサムであるが、彼自身は、アリスフィアを狙っている。
今回の書類もとい、手紙では、隣国ではあるものの、帝国という名がついてる為中々近付けずにいるお姫様に会いたいという目的で、送られたものだ。
要するに、お見合いである。
ただ、アリスフィアはあまり好きではない。
お見合い、というより、政略結婚が。
そんなアリスフィアがこのお見合いを受けるとは思わない。
ただでさえ、こんな分かりやすい面倒事であるのに。
しかし、アリスフィアは少し違った。前言ったことがあるだろうか。アリスフィアは面倒事に突っ込むタイプであると。
「これは受けるしかありませんわね!」
この話は瞬く間に城中に行き渡り、その際、専属執事であるマルクが頭を抱えたということも添えられた。




