表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の向こうに、君がいた。  作者: 宮滝吾朗
9/77

【第9話】FMステレオと、未だ出会わぬ仲間たち

その日の夕暮れ、僕は国道沿いを歩いていた。

陽が落ちきる前の、あの青とオレンジが溶け合う時間。車のライトがぽつりぽつりと点きはじめる。


ふと、街頭スピーカーから流れてきたのは、山下達郎の「Windy Lady」だった。


そのイントロを聴いた瞬間、胸の奥にふっと火が灯るような感覚があった。

懐かしいはずなのに、新鮮だった。

まるで、音楽が、何かを思い出させようとしてくれているようだった。


「そういや、音楽……長いこと、真面目にやってへんかったな……」


中高時代は、毎週のように部室でベースを弾いていた。

でも大学では、遊びやバイトや恋に追われて、いつの間にか音楽から離れていた。


そして今、この時代の音に囲まれていると、ふたたび身体の中で何かが目覚めてくるのを感じる。


“もし今から、また始めることができたら——”


そんなことを考えながら歩いていると、古びたライブハウスの前にたどり着いた。


木製の掲示板には、手書きのフライヤーが何枚も貼られている。

「学生ジャズナイト」「コピー天国」「THE ピコピコズ・ライブ」——


笑ってしまいそうな名前ばかりだったが、その手作り感に心が妙に惹かれた。


「この頃は、ライブハウスってみんなこんなやったな……」


ドアは閉まっていたが、内側からかすかに音が漏れていた。

誰かが、チューニング中のようなギターの音。

リハーサルか、音出しだけか、それはわからなかったけれど、その音に吸い寄せられるように、僕は少しだけドアに耳を寄せた。


——ああ、やっぱり、またやりたいな。


それは、どこか「これから出会うはずの仲間たち」を、先取りして想っているような気持ちだった。


その夜。

ホテルの安いベッドの上で、僕は一冊の手帳を見つけた。


日記ではなく、どうやらスケジュール帳らしい。

1月8日——“初出社”という文字。


「……え?広告代理店……俺、もう働いてる時期か。ていうか、明日!?」


気づけば、履いているジーンズのポケットに名刺が入っていた。

「株式会社スタジオ・フォーカス」

“営業部所属/中田晴人ナカタ ハルヒト


間違いない。これは、僕がかつて働いていた広告代理店の前身だ。


手のひらが、少し汗ばんだ。


もしかすると明日、この町で、これから出会う仲間たちが、初めて僕の前に姿を現すのかもしれない。


そしてその中に、あの頃のように音楽を一緒にやるやつらもいるのかもしれない——


外から、どこかの家のテレビの音が漏れていた。

「ザ・ベストテン」のエンディングテーマ。


毛布をかぶりながら、僕は目を閉じた。

眠りにつく直前、耳の奥にサックスの音がやわらかく鳴っていた気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ