【第9話】FMステレオと、未だ出会わぬ仲間たち
その日の夕暮れ、僕は国道沿いを歩いていた。
陽が落ちきる前の、あの青とオレンジが溶け合う時間。車のライトがぽつりぽつりと点きはじめる。
ふと、街頭スピーカーから流れてきたのは、山下達郎の「Windy Lady」だった。
そのイントロを聴いた瞬間、胸の奥にふっと火が灯るような感覚があった。
懐かしいはずなのに、新鮮だった。
まるで、音楽が、何かを思い出させようとしてくれているようだった。
「そういや、音楽……長いこと、真面目にやってへんかったな……」
中高時代は、毎週のように部室でベースを弾いていた。
でも大学では、遊びやバイトや恋に追われて、いつの間にか音楽から離れていた。
そして今、この時代の音に囲まれていると、ふたたび身体の中で何かが目覚めてくるのを感じる。
“もし今から、また始めることができたら——”
そんなことを考えながら歩いていると、古びたライブハウスの前にたどり着いた。
木製の掲示板には、手書きのフライヤーが何枚も貼られている。
「学生ジャズナイト」「コピー天国」「THE ピコピコズ・ライブ」——
笑ってしまいそうな名前ばかりだったが、その手作り感に心が妙に惹かれた。
「この頃は、ライブハウスってみんなこんなやったな……」
ドアは閉まっていたが、内側からかすかに音が漏れていた。
誰かが、チューニング中のようなギターの音。
リハーサルか、音出しだけか、それはわからなかったけれど、その音に吸い寄せられるように、僕は少しだけドアに耳を寄せた。
——ああ、やっぱり、またやりたいな。
それは、どこか「これから出会うはずの仲間たち」を、先取りして想っているような気持ちだった。
その夜。
ホテルの安いベッドの上で、僕は一冊の手帳を見つけた。
日記ではなく、どうやらスケジュール帳らしい。
1月8日——“初出社”という文字。
「……え?広告代理店……俺、もう働いてる時期か。ていうか、明日!?」
気づけば、履いているジーンズのポケットに名刺が入っていた。
「株式会社スタジオ・フォーカス」
“営業部所属/中田晴人”
間違いない。これは、僕がかつて働いていた広告代理店の前身だ。
手のひらが、少し汗ばんだ。
もしかすると明日、この町で、これから出会う仲間たちが、初めて僕の前に姿を現すのかもしれない。
そしてその中に、あの頃のように音楽を一緒にやるやつらもいるのかもしれない——
外から、どこかの家のテレビの音が漏れていた。
「ザ・ベストテン」のエンディングテーマ。
毛布をかぶりながら、僕は目を閉じた。
眠りにつく直前、耳の奥にサックスの音がやわらかく鳴っていた気がした。