【夢のつづき】春の雨と、白いしっぽ
それは、春先の雨が降った午後だった。
庭に出ようとして、縁側のガラス戸を開けたとき、
小さく丸くなった猫が、庭の隅のツツジの下にうずくまっていた。
全身茶トラ、みすぼらしい毛並み。
お腹がふくらんでいて、動きはとてもゆっくりだった。
「ハルくん……この子、もしかして……」
ケイコの声は、いつになく慎重だった。
僕もすぐに察した。
彼女は妊娠している。
雨が強くなってきた。
放っておけるわけがなかった。
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すぐに段ボールを用意して、
古いバスタオルを何枚か重ねた。
ケイコがそっと声をかけながら抱き上げると、
猫は驚いたように丸い目で僕たちを見て、
でも抵抗せずに、そのまま腕の中におさまった。
その晩。
まだ名前もつけていなかったその猫は、
僕たちが用意した小さなケージのなかで、
4匹の子猫を出産した。
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茶トラがふたり、グレーがひとり、そして上半分が茶トラで下半分と顔、口と鼻の周りが白いのがひとり──
いろんな毛並みの子たち。
母猫は、まるでずっとここで暮らしていたような落ち着きで、
小さな鳴き声にひとつひとつ耳を傾けながら、丁寧に世話をしていた。
やがて、彼らはすくすく育ち、僕たちはネットや知り合いに声をかけて里親を探した。
次々に里親が見つかって新しい家に貰われていった中、茶トラ白の子だけ、
──一番かわいい顔をしていたにも関わらず──
なぜか売れ残り、そのまま我が家の一員となった。
僕たちはその猫に、「シロさん」と名づけた。
3年前に冬の山から我が家にやってきた先住のゴローちゃんも、暖かく受け入れている。
シロさんは、まるで昔からこの家にいたようだった。
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ある夜、ケイコがふとつぶやいた。
「ゴローちゃんが“鍵”だとしたら、
シロさんは、きっと“扉”なんやろうな」
「扉?」
「うん。次の時間に進むための、あける扉」
そのとき、隣で寝ていたシロさんが小さく「にゃ」と鳴いた。
それがまるで、「その通り」と返事するみたいで、
ふたりで静かに笑った。
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春。
ゴローちゃんとシロさん、ふたりの猫と一緒に過ごす家は、
ふたりの時間軸が、そっと結びなおされた場所でもある。
鍵と扉。
過去と今。
夢と、現実。
すべてが、ふたりの猫たちの間に、やさしく並んでいる。




