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風の向こうに、君がいた。  作者: 宮滝吾朗
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【余話】風の記憶、音の向こうに

20代最後の春。

バブルの名残が街からすっかり消えた頃、僕は広告代理店を辞めた。

コピーライターになりたくて入社した会社だったけれど、

結局ずっと営業として走り続けたままだった。

「伝える」ことに憧れていたのに、

気づけば、売上と数字にしか言葉を使っていなかった。

そのあと開いたのが、小さなバーだった。

夜の匂いが残る古いビルの2階。

“音の向こうに、誰かの記憶がある”──

そんな感覚だけを信じて、

そこには古いスピーカーと、たくさんのラムと、

いつも古いキューバ音楽が流れていた。

週末には、自分でもベースを弾いた。

昔の仲間を呼んで、小さな店の片隅で。

どこにも向かわず、何も変わらず、ただ熟成していくだけの日々。

無頼を気取り、浮名を流し、いつの間にか僕は夜に安住していた。

そんな人生も悪くない。

ある日、ひとりの男がカウンターに座った。

名刺には、雑誌の編集長とあった。

「キミ、言葉にリズムあるね。コラム書いてみない?」

それが、僕の“第2の文章人生”の始まりだった。

飲食店のレビュー、ライブレポート、街の取材記事。

気づけば、言葉を“届ける”という原点に戻っていた。

雑誌の仕事をきっかけに、やがてWEBの世界にも入っていった。

ブログ全盛の時代、HTMLのタグを覚えて、

小さなホームページを作って、アクセス解析に一喜一憂して。

やがて時代が変わり、SNSとCMSが主役になった頃、

僕は自由に働けるようになっていた。

ノマドワーカー。フリーランス。

呼び方は何でもよかった。

ただ、「伝えたい人の思いを、ちゃんと届く形にする」──

それだけはずっと、変わらなかった。

そんな頃。30代半ば。

僕はケイコと出会った。

はじめて会ったはずなのに、どこか懐かしかった。

彼女の横顔が、あの春の光をまとっていた気がした。

やがて、ケンタが生まれた。

手がかかったけど、いい子だった。

続いてシンタが生まれたときには、

僕はすっかり“親バカ”という称号に慣れていた。

家族4人の時間は忙しく、にぎやかで、

でも時折ふっとよぎる“過去の幻”が、

どこか静かに心を温めてくれていた。

今は、長男のケンタは独り立ちして、

我が家は、ケイコと中学生のシンタ、

そして──2匹の猫と暮らしている。

キジトラのゴローちゃん。

そして、茶トラ白のシロさん。

なぜか分からないけど、

彼らと暮らし始めたあたりから、

僕のなかの“春の記憶”が少しずつ色を帯びて戻ってきた。

それは、夢だったのかもしれない。

でも──

ある日、ケイコがぽつりと言った。

「ねえハルくん……

昔さ、私、“家庭教師です”って言い張った夢、見たことある気がするの。

あなたがびっくりして、笑ってた……そんな夢」

僕は答えなかった。

でもたぶん、彼女も気づいてる。

“あれは、夢じゃない”って。

ふたりで過ごした時間軸と、

いま、ふたりで生きている時間軸は違う。

でも、きっとそれでよかったのかもしれない。

だって──

あの春があったから、僕たちは“今ここ”にいるんだから。

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