【第73話】長い旅の終わりと、変わらない猫
エンジンをかけると、Bluetoothに繋がったカーナビから、
ふと音楽が流れ出した。
“また会える日まで、約束はいらない”
ケイコが黙ってうなずく。
それは、あの春に聴いていたカセットのリメイク版。
ユーミンでも、達郎でもなく、
その記憶の向こうで響いていた、自分たちだけの曲。
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僕達が暮らす山あいの家に戻る道すがら、
道の駅で野菜を買って、コンビニでカリカリを買った。
ゴローちゃんとシロさんの朝ごはんが待っている。
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家に着くと、
いつものように猫たちが出迎えた。
シロさんはまっすぐ僕にすり寄り、
ゴローちゃんはちょっと不機嫌そうに、ケイコの足元で転がった。
ケイコが笑いながら言った。
「ただいま。……私、ちょっと長い旅してたみたい」
僕も言った。
「おかえり。……俺も、帰ってきた感じや」
猫たちは、何も言わなかったけど、
でも、ふたりの言葉をちゃんと理解してるような目をしていた。
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その日の夕方。
シンタが部活から帰ってきた。
「おかえりー、お腹すいた」
「はいはい、今すぐカレー温める」
そんな何気ないやりとりの中に、
ふたりの“いま”が、もうすっかり根を張っていることを感じた。
そして、その根っこには──
確かにあの“春”が息づいている。
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もう、何も無理に説明しなくてもいい。
けれど──
たしかにあった。
ふたりだけが知っている、ひとつの季節。
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夜、寝室の枕元に置かれたノートには、
ケイコの細い字で、こんな言葉が書き加えられていた。
“夜のつづきは、まだ終わってない。
だって、いま、昼のまんなかだもん”
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僕はそのページをそっと閉じて、
猫たちが寝ているリビングを見渡した。
シロさんのしっぽが、
ゆっくりと動いていた。




