【第72話】夢の出口、待っていた朝
気がついたとき、
僕はハスラーの運転席にいた。
シートを倒したまま、毛布をかけている。
足元には、キャンプ用に積んでいたアウトドアサンダル。
助手席では、ケイコがぐっすりと寝息を立てていた。
後部座席ではシンタも寝ている。
周囲を見回すと、
そこは──
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道の駅。
あの、滋賀の帰り道に立ち寄った場所。
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外は、まだ朝焼けの手前。
少しずつ東の空が白みはじめている。
何も起きていなかった。
事故もない。
ケイコもシンタ無傷。
車も無傷。
助手席に目を戻すと、
ケイコがゆっくり目を開けた。
「……ハルくん?」
「おはよう」
彼女は、あたりを見回して、
少しずつ目を見開いた。
そして、小さくつぶやいた。
「……夢、だったの?」
「わからん。けど──俺は、はっきり覚えてる」
ふたりは顔を見合わせて、
なにも言わずに、しばらく笑った。
車の窓の外に、
茶色い影が見えた気がした。
けれど、それはもう確かめなかった。
「……ハルくん、これって」
「うん。夢……なんかな。けど、やっぱり、そうとだけは思えへん」
僕たちは、道の駅の駐車場で、
ごく自然に目を覚ました。
体に痛みもなく、車も無傷。
さっきまで横転していたはずのカリブも、ハスラーに戻っていた。
けれど、胸の奥には、あの夜のことが、
まるで昨日のことのように残っていた。
埠頭の風。紅茶の香り。キジトラ猫の飛び出し。
そして──ケイコの手のぬくもり。
•
「ねぇ……」
ケイコが、後部座席に寝かせていた毛布を畳みながら言った。
「私、今何歳やったっけ?」
「えらい質問やな。……46やろ、今年」
「そっか、じゃあハルくんは?」
「58。どっちも、今日からな」
笑って答えながら、僕はハンドルを握った。




