【第71話】二時間 そして猫
助手席のケイコは、窓の外をずっと見ていた。
町を抜けると、風景はすぐに暗くなり、
国道沿いにポツポツと並ぶ街灯と、静かな店の光がまばらに続いている。
「夜って、音が少ないね」
ケイコがぽつりと言った。
「音がないぶん、心臓の音がよく聞こえるんかもな」
「……それ、今、めっちゃ分かる」
ふたりとも笑うけど、
その笑いのあとには、少し長い沈黙が続いた。
でも、それは居心地の悪い沈黙じゃなくて、
これ以上言葉を足さなくても大丈夫な、やわらかい空白だった。
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目指していたのは、海。
といっても、遠くへは行けない。
だから、市内から少し走っただけの小さな埠頭。
フェリーが日中だけ発着する、古びた突堤の先。
真夜中の海は真っ黒で、
空の星と波の反射だけがかろうじて光っていた。
カリブを停めて、ライトを落とすと、
あたりには潮の匂いと風の音だけが残った。
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「ここ、前に来たことある?」
「いや。昼にしか通ったことない」
「夜は、こわいくらい静かやね」
ケイコが、後部座席から保温ポットを取り出して、
紙コップに紅茶を注いでくれた。
「セイロン。ちょっと濃いめにしてきた」
「ありがとう」
手を重ねるわけでも、見つめ合うでもなく。
ただ同じ時間を、そっと共有する。
そんな2時間を、今日ずっと願っていた。
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「このまま、夜が終わらなければいいのにな」
ケイコの言葉に、
僕は少し迷ってから答えた。
「終わってもいい。
でも、また“始められる”って思えるなら──」
ケイコは、ふっと微笑んだ。
「……私、また会いたい。
ちゃんと、大人になって、胸を張って」
「俺もや。今度は堂々と迎えに行きたい」
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時計を見ると、12時半をまわっていた。
「そろそろ戻ろうか」
「うん……ありがとう、ハルくん」
帰り道も、同じ道を辿って戻った。
今度は少しだけ街灯の少ない農道を抜ける。
夜の風景は、眠っているように静かだった。
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そのときだった。
ちょうど畑のカーブを曲がった先。
街灯も信号もない、ひと気のない区間。
猫が、飛び出した。
一瞬だった。
濃いキジトラ模様。ぴんと立ったしっぽ。
ヘッドライトの光のなかで、その姿がはっきり見えた。
「っ……!」
僕はとっさにハンドルを切った。
反対車線に出かけたところで、舗装が途切れ、
ガタン、と浮いた。
タイヤが路肩の砂利に滑り、視界が回転する。
ケイコの悲鳴。
僕のブレーキ。
星空が横に傾く。
そして、
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——すべてが、白く、無音になった。




