表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の向こうに、君がいた。  作者: 宮滝吾朗
68/77

【第68話】父の怒りと、念書という封印

ケイコの父親に呼び出されたのは、ある土曜日の午後だった。

電話口の声は低く、抑制されていた。

でも、その底にある怒りは明らかだった。

「明日、夕方五時。駅前の喫茶店で待ってる」

「ひとつ聞きたいだけや。お前は……どういうつもりや?」

その店には、一度だけケイコと入ったことがあった。

テーブルクロスの柄も、妙に覚えていた。

父親はすでに来ていて、

背筋を伸ばして、メニューにも目をやらずに座っていた。

僕が席につくと、彼はじっと僕を見つめて、

少しの間を置いて、はっきりと言った。

「君、自分が何をしてるか分かってるか?」

僕は、うなずこうとして、止めた。

分かってるつもりだった。でも、説明できる自信がなかった。

「中学生の娘と、何度もふたりで会ってるそうやな。

中田くん、君は……娘と、どういう関係なんや?」

頭の中では、いくつも言葉を探していた。

「将来を考えたうえで、今は距離を置こうと話した」

「やましい関係では絶対にない」

「彼女に何かを強制したことは一度もない」

でも、どの言葉も、口に出す前に崩れていった。

彼の眼差しは、父親として、

家族を守ろうとするひとりの大人として、

正しく、そしてまっすぐだった。

僕は、視線を落とした。

「すまんけどな……これにサインしてくれるか」

そう言って差し出されたのは、

一枚の紙とボールペン。

そこには、明朝体でこう印字されていた。

「今後いかなる理由があっても、林恵子に近づきません。

関係を一切断ち、接触を行わないことを誓約します。」

手が震えていた。

でも、その紙に、僕はサインをした。

何も言えなかった。

喫茶店を出ると、日が落ちかけていた。

冬に逆戻りしたような風が、コートの襟を揺らした。

駅前の歩道橋をひとりで渡りながら、

ふと空を見上げた。

澄んだ夕空の中に、

まだ太陽の赤が残っていた。

“いまは、これでよかった”

そう思い込むことでしか、気持ちの落とし所がなかった。

家に帰ると、玄関の前に小さな野良猫が一匹、座っていた。

キジトラの毛並みに、どこか見覚えがある気がした。

僕の顔を見ると、一瞬こちらを見上げて、すっと路地に消えていった。

まるで、「まだ終わってない」とでも言いたげに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ