表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の向こうに、君がいた。  作者: 宮滝吾朗
66/77

【第66話】春の終わりと、ふたりでつくるはじまり

小さな猫と別れてから数日後、

季節ははっきりと“夏の手前”に差しかかっていた。

僕たちは、あいかわらずゆるやかに会い、

紅茶を飲んで、音楽の話をして、

未来のスケッチを少しずつ重ねていた。

でも──

その中でふと感じた。

このままでは、いずれこの時間は途切れてしまう。

ケイコはまだ中学生。

僕は、それなりの年齢と、それなりの生活と、仕事と、責任を持っている。

だから、今のこの時間が“奇跡の延長”であることは、

ずっと分かっていた。

そして、ある午後。

彼女のほうから、先にその話を切り出した。

「ハルくん」

「ん?」

「私、もうすぐ期末テストあるねんけど、

終わったら、いっこ考えてることがあんねん」

「なに?」

「高校、遠くてもええから、

好きな勉強できるとこ行きたい。

進学しても、夢、諦めたくないから」

僕はうなずいた。

「ええと思う。遠くても、関係あらへんよ。

ケイコが決めたなら、ちゃんと応援する」

「ありがとう。

それと──もうひとつ」

「ん?」

「少し、距離を置こうと思う」

ケイコのその言葉を、僕は静かに受け止めた。

理由はちゃんとあった。

お互いを大切に思うからこそ、それぞれの道を一度歩こうとする。

そんな静かな決意と覚悟の共有。

けっして“別れ”ではなかった。

それはむしろ、“会えなくても続けていく”という、覚悟の言葉だった。

「私、ちゃんと未来でハルくんに再会したい。

そのときに、“選んで来た”って言いたい。

だから──今は、ちょっとだけ、時間をください」

「俺も、いまのままじゃなくて、“これからの自分”で会いたい」


彼女が小さく笑った。

それは、泣きたいのをこらえているような、

でも、きちんと強い人間の表情だった。

帰り道。

並んで歩いた最後の五分間。

その間、僕らはなにも話さなかった。

でも、言葉にしない約束が、ちゃんとその沈黙に宿っていた。

駅前の交差点。

「ここからは、また“自分の道”やな」

「うん。でも、

“どこかで”じゃなくて、“またここで”って信じてるから」

僕はうなずいた。

ケイコは少しだけ手をあげて、

そのまま、駅へ向かって歩き出した。

その後ろ姿を見ながら、

僕は確かに思った。

**

この春の時間は、もう過去じゃない。

いまを支える、確かな始まりだったんやって。

だから、その日ふたりは静かに別れた。


……けれど。

**

その数日後、僕たちの意志とはまったく関係のない場所から、

“終わり”がやってきた。

通っていた中学校に、一本の通報が入った。

「生徒の不純異性交遊について、確認してほしい」

差出人不明の、正義感とも悪意ともつかない電話。

それは、春の終わりを告げる、静かで冷たい雷鳴のような通報だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ