【第65話】路地裏の子猫、ふたりで拾うひとつの未来
その日、僕たちは駅裏の古本屋に寄った帰り、
細い路地に迷い込んだ。
住宅と住宅の隙間、
誰かの洗濯物がゆれている日陰の中で、
小さな鳴き声が聞こえた。
「……ニャア」
立ち止まったケイコが、そっとしゃがみ込む。
そこには、
まだ手のひらにのりそうなほどの、
キジトラの子猫が一匹。
くしゃくしゃの毛並み。
大きな瞳。
そして、警戒もせずにふたりをじっと見つめてくる。
「ハルくん……これ……」
「……ゴローちゃんみたいやな」
「私もそう思った」
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僕はゆっくり手を伸ばし、
子猫の前に指先を差し出した。
匂いをかいで、ぺろりと舐める。
それだけで、胸の奥が熱くなった。
「この子、まだ名前ついてへんやろな」
「じゃあ、仮に“ゴローちゃん(仮)”にしよか」
ふたりで笑う。
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少し離れた自販機でミルクを買い、
キャップのフタに注いで置いてみると、
子猫はためらいもなく飲み始めた。
その様子をふたりで並んで見ながら、
ケイコがぽつりと言った。
「将来、ほんまに一緒に住める日が来たら、
ゴローちゃんとシロさんの“再来”ってことで、
猫ふたり、ちゃんと飼いたいな」
「ええな、それ」
「うん。
それで、古いキューバ音楽流して、
ハルくんが原稿書いてて、
私がミルクティー淹れてて──」
「で、外は小雨で、
猫が窓辺で丸くなってて、
夕方には常連のおじさんが本読みながら居座ってて……」
ふたりで同時に笑った。
でもその未来の風景は、
どこか今の空気とちゃんと地続きだった。
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子猫は飲み終えると、
ふたりの足元で丸くなって寝てしまった。
「ほんまに、ゴローちゃんちゃうかな」
「うん、私もそう思う」
ケイコがそっと言ったその声は、
ふだんよりも、少しだけやわらかかった。
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そして、その夜。
僕の心の中にはっきりと浮かんだ。
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“今度こそ、ちゃんと描こう。
あの子と一緒に、これからのページを。”
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それが、たとえ地図にない道でも。
文章でも、写真でも、音楽でも。
「ふたりで選んだ一行目」なら、
僕はそれをずっと書き続けていける気がした。




