【第62話】あいまいな輪郭と、きみにだけ見せる地図
カリブの助手席。
午後の光が、ダッシュボードの上をふわふわと揺れていた。
車内には、やさしく低いギターの音が流れている。
ハルくんがかけてくれた、たぶん1970年代後半のAOR。
「なあ、ハルくん」
「ん?」
「私、たぶん──
将来、紅茶の店やりたいって思ってる」
ハルくんはすこしだけ眉を上げて、
でもすぐに、ふっとやわらかく笑った。
「いいやん。
めっちゃ似合うと思うで」
「でも、まだ全然はっきりしてへんねん。
お茶の種類とかも知らんこと多いし、
接客とか、経営とか、何もかもわからんし」
「そんなん、今はええやん。
“そう思えた”ってことが、大事ちゃう?」
彼の声は、
ノートに線を引くときの“定規”みたいにまっすぐだった。
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「いつか、猫が窓際に座ってて、
静かな音楽が流れてる店、やりたいねん」
「ゴローちゃんとシロさんも?」
「うん。もちろん。
あと、ハルくんのベースがちょっと置いてあって──
夜だけ、ジャズ流れるとか、そんなんもええな」
「ええやん。
それ、ぜんぶ叶えていこうや」
「……え?」
「ケイコが決めたんなら、
俺、なんぼでも手伝うで。
皿洗いでも、レジ打ちでも、ベースでも」
彼がそんなふうに笑うと、
私の“まだうすぼんやりした夢”が、
すこしだけ輪郭を持って見えてくる。
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「ありがとう。
なんか、ようやく“言ってよかった”って思えた」
「言ってくれて、うれしかったで」
しばらく沈黙があった。
でも、その静けさはとても心地よかった。
外では、ツバメが電線に並んで止まっていた。
季節が変わりつつあるのが、
窓の外の光と影のバランスでわかった。
そして、ふと思った。
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“未来の話を、ちゃんと話せる人”がいるって、
どれだけ大事なことなんやろう。
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ハルくんに話せたことで、
「夢」が、「進む道」になった気がした。
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その帰り道、
ひとつだけノートに書き足した。
・紅茶の店の名前を考えること
ページの端に、小さな星印。
今日の私は、
“夢を見た”んじゃない。
“夢を始めた”んやと思う。




