【第60話】ふたりの午後、普通であることの奇跡
再会してから、
僕たちは何も決めずに、ただ歩いていた。
駅前のロータリーを抜けて、
ケイコの制服姿に似合う、静かな住宅街の道。
「この道、変わらへんよな」
「うん。変わらん。
でも、私の気持ちは、たぶん変わった」
「どんなふうに?」
「……“ふたりでおること”が、“こっそり”じゃなくて、“自然”って思えるようになった」
その言葉を聞いて、
僕の中で、何かがやっと着地した。
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途中のパン屋で、
あんパンとクリームパンを一個ずつ買った。
ベンチに座って、ふたりで半分こにして食べる。
クリームの甘さが、
懐かしい昭和の味だった。
「これ、なんか小学校のときの購買の味やわ」
ケイコが言った。
「給食のとき、あんパンよりクリームパンが人気やった」
「私、クリーム派やってんけどな。
でも今日は、あんこの気分」
「それは再会したからか?」
「かもしれへんな」
そう言って笑った彼女の横顔は、
いつか夢の中で見た“未来のケイコ”に重なって見えた。
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帰り道。
図書館の前を通ったとき、彼女が立ち止まった。
「なあ、ハルくん」
「うん?」
「また、あのテーブルで本読もか。
紅茶の話の続き」
僕は、すこしだけ息を呑んで、うなずいた。
「“お湯の温度は、ちょっとぬるめがいい”って話やったな」
「そやったそやった」
ふたりは、笑いながら階段を上がった。
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図書館のカーテンは、春よりも薄くなっていた。
光が柔らかく差し込んでいて、
ふたりの影が机の上で重なっていた。
特別なことは、なにもなかった。
でも、それでよかった。
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「普通であること」が、
「ふたりであること」の証明になる午後。
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この穏やかな時間が、
次に進むための、ほんとうの出発点だった。




