表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の向こうに、君がいた。  作者: 宮滝吾朗
58/77

【第58話】便箋の声、閉じていた季節が開く音

ポストを開けたのは、ほんの偶然だった。

普段は夕方まとめて見るのに、

その日はなぜか朝の光の中で、ふと思い立った。

広告に混ざって、一枚の封筒があった。

差出人の名前も、住所もない。

けれど、手に取った瞬間にわかった。

この手触りは、ケイコのもの。

あのとき、ポストカードに重ねられた星印と同じ匂いがした。

部屋に戻り、

カリブの鍵を机の上に置いて、

封筒をそっと開けた。

中には、薄い便箋が一枚。

折り目が何度もつき直された跡。

ためらいながらも、確かにそこに書かれた文字たち。

ハルくんへ

手紙を書くのは、これが初めてかもしれへんね。

一行目で、胸が詰まった。

読み進めるごとに、

彼女の声が頭の中で再生されていった。

ためらうように始まり、

でも、少しずつテンポを取り戻していくリズム。

**

でも、ほんまは、

ハルくんと過ごした時間が、

私のなかでいちばん“ちゃんと生きてる時間”やってん。

その行を読んだとき、

僕の中の“止まっていた時間”が、静かに再生を始めた。

助手席で彼女が笑ったこと、

紅茶をふたりですすった午後、

そして、金沢の町で彼女が「ここ、夢で見た」と言った横顔。

すべてが、いまここに戻ってきた。

すれ違ったあの日、

声に出さずに見つめ合ったあの瞬間、

私は、また進みたいって思ったん。

“また、ここで”

そう思えたん。

*これは、“好き”のかわり。

星印の横に、ほんの小さなにじみがあった。

たぶん、それは手のひらの汗か、涙のあとだった。

それさえも、愛おしかった。

僕は便箋を、

音を立てずにもう一度折りたたんだ。

そして、ノートの最後のページに挟んだ。

**

返事は書かない。

今はまだ、そのタイミングじゃない。

でも、次に彼女と会えたとき、

この言葉の続きを、ちゃんと声で届けようと思った。

窓を開けると、風がカーテンを揺らした。

初夏の空は高く、

ふたりを分けていた雲のような時間が、

ようやく少しずつ、晴れていく音がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ