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風の向こうに、君がいた。  作者: 宮滝吾朗
55/77

【第55話】偶然の角、風のにおいとポケットの紙片

その日は、買い物の帰りだった。

いつもは通らない小道を選んだのは、ほんの気まぐれだった。

季節は、もう初夏。

陽射しは強いけれど、風にはまだ春の名残がある。

カリブは洗車したばかりで、ボディが少しだけまぶしかった。

駅裏の商店街を抜けて、細い路地へ入ったとき、

向こうの角でひとりの少女とすれ違った。

目を伏せていたから、最初は気づかなかった。

でも、すれ違った直後、

背中にふわりと風が通って、

なぜか、“紅茶とくるみのケーキの香り”がした。

……その瞬間、僕は振り返った。

彼女も、すこし遅れて振り返っていた。

目が合った。

「……ケイコ?」

小さく名前を呼ぶと、

彼女の目が、ふっと揺れて、

ほんのわずかに潤んだ気がした。

でも、彼女は首を横に振った。

それから、小さく笑った。

「私、今“中学生の顔”してるで」

「……ほんまや」

「でも、ちょっとだけ、

“また会えるかもしれん”って思ってた」

「俺もや」

それだけだった。

言葉はそれ以上、続かなかった。

ポケットに手を入れると、

くしゃくしゃになったままの紙片があった。

彼女がくれた、あの言葉の紙。

「“好き”って言葉を使わずに、

好きって伝える方法を、

私は今、探してる」

それを、もう一度折り直した。

彼女が歩き去ったあと、

その後ろ姿に「何も言わないこと」を選んだ。

それは、言葉よりも強い“また、ここで”の合図やと思ったから。

帰り道、カリブの助手席をちらりと見た。

そこには誰もいなかったけど、

風が、ほんのすこし甘く香っていた。

その香りが、「未来の予告」のように感じられた。

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