【第52話】叱責の玄関、言えなかった昨夜のこと
朝の光はやけに澄んでいて、
車の窓から見た空は、まるで何事もなかったかのように青かった。
カリブは、ゆっくりと坂道を下り、住宅地へと戻っていく。
私の胸の中では、昨夜の会話がずっと、
寝袋のぬくもりみたいに残っていた。
少し離れた公園で車を降りて、歩いて家に向かう。
けれど、角を曲がった先に自宅の門が見えた瞬間、
胸の奥が、ぎゅっと縮こまった。
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玄関の前に、母が立っていた。
手には折り畳まれた新聞。
表情は──何も言っていないのに、すべてを語っていた。
「……どこに行ってたの」
小さな声だった。
けれど、怖かった。
後ろから、兄の声がかぶさってきた。
「警察に連絡しようとしてたんやぞ。
なんやねん、急に連絡もなしで帰ってこおへんとか!」
「ごめんなさい……」
「誰とおったの?」
母の声が、冷たくなる。
「ハルくんと」
その名前を出した瞬間、空気が凍った。
「……もう、その人には会わないで」
「え?」
「お兄ちゃんからちょっときいたけど、そんな年の男と中学生が一晩一緒にいたなんて、
世間がどう思うか分かってるの?」
「やましいことなんて、なにも──」
「問題はそこじゃないの!」
母の声が、はじめて怒鳴り声になった。
「周りがどう見るかよ。
自分の立場、分かってるの?
中学生なのよ、あなたは!」
兄が無言で、でも鋭い目でこっちを見ていた。
私は言い返せなかった。
本当に、なにもなかった。
ただ、一緒にいたかっただけ。
でも、それをどう言えばいいか分からなかった。
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部屋に戻され、扉を閉められた。
しばらく、動けなかった。
鞄の中に入っていたポストカードを取り出し、
裏に書いた星印を見つめた。
「また、ここで」って思ってたのに──
どうして、“ここ”がこんなに遠くなってしまうんやろ
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窓の外には、変わらない街の音。
でも、
ハルくんの姿は、もうすぐそばにあるものではなくなってしまった。
この“家”という場所が、
初めて、私を閉じ込める箱みたいに感じた。
そしてその日、私ははじめて、
“会いたいのに会えない”という気持ちが、
どれほど重いものかを知った。




