【第51話】眠れぬ夜と、背中合わせの言葉たち
ハルくんが、寝袋を出してくれた。
私は助手席のシートを倒して、その中に潜り込む。
エンジンは切って、窓を少しだけ開けて、夜の空気を入れた。
外は静かだった。
風の音と、遠くで鳴るカエルの声。
そして、カリブの車体がゆっくりと冷えていく音。
「……寒ない?」
横から小さな声がした。
「だいじょうぶ。
寝袋、あったかいよ」
「なんかあったら起こしてな」
「うん」
短い言葉のやり取りのあと、しばらく沈黙が流れた。
けれど、その沈黙は、決して重くはなかった。
むしろ心地よかった。
ふたりの間に、ちゃんと信頼の厚みができてる気がした。
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眠ろうとしても、なかなか寝つけなかった。
寝袋の中、手を胸にあてると、
鼓動がすこし早くなっているのがわかった。
“今日”の一日が濃すぎて、
身体の奥でまだ全部消化しきれてない。
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「なあ、ハルくん」
「うん?」
「私、大人になったら、
今日のこと思い出して、たぶん泣くと思う」
「……どうして?」
「今日がきれいすぎるから。
きれいな日は、あとから切なくなる」
背中越しに聞こえたハルくんの息が、
すこしだけ深くなった。
「そんときも、
俺のこと、ちゃんとおってほしい?」
「……うん」
「じゃあ、
俺、ちゃんとおるように頑張るわ」
車内はまた静かになったけど、
その言葉だけがずっと響いていた。
目を閉じた。
でも眠る直前、ぼんやりと浮かんだのは、
窓の外、少し離れた道の向こうに座る猫の影だった。
「……ゴローちゃん?」
いや、違う。
でも、そこに“誰かが見守っている”気がした。
そしてようやく、
私は静かに、眠りに落ちた。
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その夜、夢の中では、
ハルくんともう一度、金沢の街を歩いていた。
けれど、その街の空は、
少し曇っていた。
そして夢の終わり際、
ハルくんの背中が、少し遠くに見えた。
名前を呼ぼうとしたけれど、声は出なかった。
目が覚める直前に、ひとすじ、頬を伝った涙があった。




