【第47話】風の中の潮のにおい、まだ会っていない今日
昼下がり。
窓を開けて、こたつに脚を入れたまま、ノートをひらいていた。
特に何を書くでもなく、
ページの余白を指でなぞっている私に、ふと、風が頬にふれた。
その瞬間、潮のにおいがした気がした。
海なんてすぐそばにはない。
でも、間違いなく私の中で、
その風は、海から吹いていた。
•
「……また行きたいな、海」
口に出してみて、少しだけ驚いた。
そう言おうと決めていたわけでも、
思い出したことがあったわけでもない。
ただ、“行きたい”って気持ちが、
今の私の中に、自然に浮かび上がってきた。
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机の引き出しから、あのポストカードを取り出した。
裏に書かれた「また、どこかで。」の文字。
そして、その下に、私が数日前に書いた小さな星印。
その右横に、新しく何かを記したくなった。
「“また”って言葉が、
“いま”に近づいてきてる気がする」
そのままポストカードを手に持ったまま、
部屋の中をうろうろと歩いた。
理由もないのに、落ち着かなかった。
“何かが起こる前”の、あの独特のざわめき。
言葉じゃない何かが、身体の内側をそっと揺らしていた。
•
電話が鳴った。
固定電話。家族用。
母の声が聞こえる。誰かと世間話をしている。
でも、その向こうから、
私の名前が呼ばれるような気がした。
もちろん、だれも呼んでいない。
でも、心が誰かの気配を先に感じ取っているときって、そういうふうになる。
私はバッグを手に取った。
特に行く場所が決まっていたわけじゃない。
ただ、駅に向かえば、何かが始まる気がした。
そんなふうに思える午後って、
たぶん、人生の中で何度もあるわけじゃない。
•
歩き出した瞬間、
どこか遠くで、車のクラクションが鳴った。
その音が、なぜかカリブのエンジン音と重なった気がして、
胸の中に、懐かしさと予感の波が立った。
「なあ、ハルくん──」
声には出さずに、心の中で呼んだ。
**
「……今、ハルくんも、同じ風を感じてる?」
**
もしもそうなら、
今度の“また”は、きっと、
「また、どこかで」じゃなくて、
「また、ここで」
そう言える気がした。




