【第44話】すこしだけ違う風、駅前ベンチにて
その日、僕はいつもより少し早く駅前に着いた。
理由はなかった。
ただ、ケイコに会う前に、ひと息ついておきたかったのかもしれない。
ベンチに座って、缶コーヒーを開ける。
いつもの春の匂いに、ほんの少しだけ夏の予感が混じっていた。
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ケイコが現れたとき、
遠目にも、すこし雰囲気が違うことに気づいた。
制服じゃなかった。
白いブラウスに、薄いスカート。
髪は、いつもより丁寧にまとめてある。
僕が言葉を探していると、
彼女の方が先に口を開いた。
「なんか、服とか気ぃ使ってみたら、
逆に恥ずかしくなってきたわ」
「いや、すごく似合ってるよ。……まじで」
言った瞬間、自分でも「まじで」とか普段使わない言葉に照れた。
でもケイコは、
「ふふっ、ハルくん、今、ちょっとオッサンっぽかった」と笑った。
その笑い方が、少しだけ大人びて見えた。
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ふたりで、商店街を抜けて、
図書館の裏にある小さな公園まで歩いた。
ベンチに座ると、
ケイコがバッグの中から、何かを取り出しかけて、またしまった。
「ん?」
「……なんでもない。
まだ、出すときやない気がして」
「そっか。
出したくなったときに出してくれたらええよ」
ケイコはうなずいた。
そして、空を見上げながらつぶやいた。
「なあ、ハルくん」
「うん」
「今日の私、ちょっとだけ違って見える?」
僕は、しばらく彼女の横顔を見つめてから、答えた。
「うん。
“これから”をちょっとだけ考えてる人の顔やなって思う」
ケイコは、目を細めたまま小さく笑った。
「……そっか。じゃあ、ちゃんと顔に出てるんやな。
なら、うれしい」
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そのあとは、特別な会話はなかった。
でも、風の温度、足元の影の形、
通り過ぎる自転車の音。
そのすべてが、
“ふたりの時間が変わってきていること”を、
なにげなく教えてくれていた。
帰り際、ケイコがふとポケットから紙を一枚取り出して僕に渡した。
「なんか、書いたやつ。家で読んで。
別に返事とかいらんから」
それだけ言って、
彼女は少しだけ照れたように手を振って、角を曲がっていった。
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その夜。
机の上で、彼女がくれた紙をひらいた。
便箋でも、手紙でもない。
ただの、ノートの切れ端。
でも、その文字は真剣で、すこしだけ揺れていた。
「“好き”って言葉を使わずに、
好きって伝える方法を、
私は今、探してる」
それは、彼女なりの誠実な告白だった。
僕はその紙を、二つに折って、引き出しにしまった。
“まだ答えない”と決めていたけど、
それはもう、僕の中では答えだった。




