【第39話】時計の針と、アイスティーの音
約束をしていたわけじゃないけれど、
ふたりはまた駅前で顔を合わせた。
ケイコは白いTシャツに薄い紺色のスカート。
髪を後ろでまとめていて、どこか“夏の入口”の匂いがした。
「今日は、風が気持ちいいな」
「うん。……なんか、こういう日って、思い出すよね」
「なにを?」
「どっか遠くに行った記憶とか。
たとえばさ、昔の夏休みのこととか」
僕はそれに頷いた。
「思い出すってことは、ちゃんと時間が動いてる証拠やからな」
「ふしぎやな……時間って、目に見えへんのに、“音”で分かる気がする」
「たとえば?」
「時計の音。風鈴の音。
それから……アイスティーの氷が揺れる音」
僕は笑った。
「えらい詩的やな。
でも、それ全部、今日の喫茶店で揃いそうや」
•
ふたりは、駅裏にある小さな喫茶店に入った。
白いレースのカーテンが揺れる、昔ながらの店。
席に着くと、ケイコは迷わずアイスティーを頼んだ。
グラスに注がれた紅茶に、氷が音を立てた。
「ほら、音した」
彼女は笑った。
「この音、私、好きやねん。
“夏が始まるよ”って言われてる気ぃする」
「アイスティーに言われんのか」
「そう。で、誰かとおるときにその音が聞こえたら、
ああ、これも時間のかたちやなって思うねん」
僕はしばらく、そのグラスの揺れる音に耳を澄ませた。
•
ふと、ケイコが真面目な顔になった。
「私、最近な……“いつか終わるかもしれん”ってこと、
ちょっとだけ考えるようになってきてん」
「……うん」
「でも、それを怖いって思うんじゃなくて、
“だから、大事にしたいな”って思えるようになってきた」
「ええやん。
それって、時間とちゃんと向き合ってるってことやと思う」
彼女は、うん、と頷いてから、少しだけ照れたように言った。
「そやけど、あんまり真面目に言うと、
私、なんか泣きそうになるねん」
「それも、ええことやと思うけどな」
グラスの氷が、かすかにカラン、と鳴った。
それが、なにかの返事みたいに聞こえた。
•
外に出ると、陽ざしが少しだけ強くなっていた。
歩道の端に、キジトラの猫が寝そべっていた。
ケイコがふと立ち止まって、しゃがんだ。
「……あれ、ゴローちゃん?」
僕は、言葉を失った。
その猫は、確かにあのときと同じ模様をしていた。
目を細めて、こっちを見ている。
「まさか……な。
でも、なんか、“また会えた”って思ったわ」
ケイコはそう言って、猫にそっと手を差し出した。
猫は一瞬だけ身を起こし、
その手に鼻先をすり寄せると、またゆっくりと歩いて去っていった。
彼女は、立ち上がってつぶやいた。
「ゴローちゃん、私に“また大丈夫やで”って言いに来てくれた気がする」
僕はなにも言えなかった。
でも、確かに何かがふたりの間で、もう一段深く繋がった気がした。




