表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の向こうに、君がいた。  作者: 宮滝吾朗
39/77

【第39話】時計の針と、アイスティーの音

約束をしていたわけじゃないけれど、

ふたりはまた駅前で顔を合わせた。

ケイコは白いTシャツに薄い紺色のスカート。

髪を後ろでまとめていて、どこか“夏の入口”の匂いがした。

「今日は、風が気持ちいいな」

「うん。……なんか、こういう日って、思い出すよね」

「なにを?」

「どっか遠くに行った記憶とか。

たとえばさ、昔の夏休みのこととか」

僕はそれに頷いた。

「思い出すってことは、ちゃんと時間が動いてる証拠やからな」

「ふしぎやな……時間って、目に見えへんのに、“音”で分かる気がする」

「たとえば?」

「時計の音。風鈴の音。

それから……アイスティーの氷が揺れる音」

僕は笑った。

「えらい詩的やな。

でも、それ全部、今日の喫茶店で揃いそうや」

ふたりは、駅裏にある小さな喫茶店に入った。

白いレースのカーテンが揺れる、昔ながらの店。

席に着くと、ケイコは迷わずアイスティーを頼んだ。

グラスに注がれた紅茶に、氷が音を立てた。

「ほら、音した」

彼女は笑った。

「この音、私、好きやねん。

“夏が始まるよ”って言われてる気ぃする」

「アイスティーに言われんのか」

「そう。で、誰かとおるときにその音が聞こえたら、

ああ、これも時間のかたちやなって思うねん」

僕はしばらく、そのグラスの揺れる音に耳を澄ませた。


挿絵(By みてみん)


ふと、ケイコが真面目な顔になった。

「私、最近な……“いつか終わるかもしれん”ってこと、

ちょっとだけ考えるようになってきてん」

「……うん」

「でも、それを怖いって思うんじゃなくて、

“だから、大事にしたいな”って思えるようになってきた」

「ええやん。

それって、時間とちゃんと向き合ってるってことやと思う」

彼女は、うん、と頷いてから、少しだけ照れたように言った。

「そやけど、あんまり真面目に言うと、

私、なんか泣きそうになるねん」

「それも、ええことやと思うけどな」

グラスの氷が、かすかにカラン、と鳴った。

それが、なにかの返事みたいに聞こえた。

外に出ると、陽ざしが少しだけ強くなっていた。

歩道の端に、キジトラの猫が寝そべっていた。

ケイコがふと立ち止まって、しゃがんだ。

「……あれ、ゴローちゃん?」

僕は、言葉を失った。

その猫は、確かにあのときと同じ模様をしていた。

目を細めて、こっちを見ている。

「まさか……な。

でも、なんか、“また会えた”って思ったわ」

ケイコはそう言って、猫にそっと手を差し出した。

猫は一瞬だけ身を起こし、

その手に鼻先をすり寄せると、またゆっくりと歩いて去っていった。

彼女は、立ち上がってつぶやいた。

「ゴローちゃん、私に“また大丈夫やで”って言いに来てくれた気がする」

僕はなにも言えなかった。

でも、確かに何かがふたりの間で、もう一段深く繋がった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ