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風の向こうに、君がいた。  作者: 宮滝吾朗
33/77

【第33話】言葉にならない好きと、会いに行けなかった午後

日曜日の朝。

目は覚めていたのに、布団の中から出られなかった。

体調が悪いわけじゃない。

眠いわけでもない。

ただ、“行けない”気がした。

駅前の改札。

いつもハルくんが立っている場所。

あそこに自分が行ってしまえば、何かが“決まってしまう”気がして。

一週間、わたしは“ふつうの中学生”として過ごした。

授業を受けて、ノートを書いて、給食を食べて、

友だちと笑って、家に帰ってテレビを観る。

だけど、そのすべての風景に、

ハルくんがいないことが妙に空白だった。

“何が足りないのか”は、すぐに分かった。

でもそれを認めると、自分の気持ちが本当のかたちを持ってしまいそうで怖かった。

水曜日の夜、兄がふと聞いてきた。

「最近、あの男と会ってないんか?」

「……なにが?」

「こないだ、駅前で見かけたやつ。お前と一緒におった、体格の良いスーツの兄ちゃんや」

「……別に、会ってへんよ」

「そうか。なんか、前より元気ないなと思って」

「元気やけど」

そう答えたけれど、

その“元気”がどこか空っぽなのは、自分が一番よく分かってた。

金曜日。

学校帰りにひとりで図書館の前を通ったとき、

向こう側にスーツの男が立ってるのが見えた。

「……!」

反射的に柱の陰に隠れた。

あれは、たぶんハルくんだった。

でも、そのまま声をかけることができなかった。

自分のなかで、「会いたい」気持ちと「怖い」気持ちがぶつかっていた。

だって、会ってしまえば、また前みたいに笑ってしまう。

笑えばきっと、またもっと好きになる。

もっと好きになってしまったら、いつかこの時間が終わるのがもっともっと怖くなる。

その夜、ノートの端に、こんな言葉を書いた。

「ハルくんに、会いたい。でも、会いたくない。

会ったら、“好き”って言いたくなってしまう」

文字をにじませたのは、

涙じゃなくて、ペンを持つ手の震えだった。

わたしはまだ、“この気持ち”を人に説明できる自信がなかった。

でも、それが本物であることだけは、たしかだった。

そして──

また、会いたいと思った。

次に会うときには、ちゃんと、

“この気持ち”を手のひらでそっと差し出せるように。

だからもうすぐ、会いに行こうと思う。

今度は、隠れたりしないで。

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