【第33話】言葉にならない好きと、会いに行けなかった午後
日曜日の朝。
目は覚めていたのに、布団の中から出られなかった。
体調が悪いわけじゃない。
眠いわけでもない。
ただ、“行けない”気がした。
駅前の改札。
いつもハルくんが立っている場所。
あそこに自分が行ってしまえば、何かが“決まってしまう”気がして。
•
一週間、わたしは“ふつうの中学生”として過ごした。
授業を受けて、ノートを書いて、給食を食べて、
友だちと笑って、家に帰ってテレビを観る。
だけど、そのすべての風景に、
ハルくんがいないことが妙に空白だった。
“何が足りないのか”は、すぐに分かった。
でもそれを認めると、自分の気持ちが本当のかたちを持ってしまいそうで怖かった。
•
水曜日の夜、兄がふと聞いてきた。
「最近、あの男と会ってないんか?」
「……なにが?」
「こないだ、駅前で見かけたやつ。お前と一緒におった、体格の良いスーツの兄ちゃんや」
「……別に、会ってへんよ」
「そうか。なんか、前より元気ないなと思って」
「元気やけど」
そう答えたけれど、
その“元気”がどこか空っぽなのは、自分が一番よく分かってた。
•
金曜日。
学校帰りにひとりで図書館の前を通ったとき、
向こう側にスーツの男が立ってるのが見えた。
「……!」
反射的に柱の陰に隠れた。
あれは、たぶんハルくんだった。
でも、そのまま声をかけることができなかった。
自分のなかで、「会いたい」気持ちと「怖い」気持ちがぶつかっていた。
だって、会ってしまえば、また前みたいに笑ってしまう。
笑えばきっと、またもっと好きになる。
もっと好きになってしまったら、いつかこの時間が終わるのがもっともっと怖くなる。
•
その夜、ノートの端に、こんな言葉を書いた。
「ハルくんに、会いたい。でも、会いたくない。
会ったら、“好き”って言いたくなってしまう」
文字をにじませたのは、
涙じゃなくて、ペンを持つ手の震えだった。
•
わたしはまだ、“この気持ち”を人に説明できる自信がなかった。
でも、それが本物であることだけは、たしかだった。
そして──
また、会いたいと思った。
次に会うときには、ちゃんと、
“この気持ち”を手のひらでそっと差し出せるように。
だからもうすぐ、会いに行こうと思う。
今度は、隠れたりしないで。




