【第32話】会えない日曜日、見かけた制服の幻影
次の日曜日、駅の改札にケイコの姿はなかった。
約束をしていたわけじゃない。
けれど、いつもの時間、いつもの場所で僕は立っていた。
人の流れの中を見渡す。
制服の子は何人かいたけれど、あの灰色のカーディガンも、あの声もなかった。
「……今日は、来ないんかな」
ひとりごとのように呟いたあと、
自分でも驚くほど、その声が寂しく響いた。
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喫茶店に入った。
いつもの「風月」の窓際の席。
マスターが気を利かせて「いつもの?」と聞いてきたが、
その声に、いつもより体温がなかった。
ポットのミルクティーをひとりで注文するのは、これが初めてだった。
湯気が立ち上る。
でも、“カップを受け取る相手の手”がそこにないだけで、
空気がこんなにも違うものになるなんて、思ってもいなかった。
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ケイコから、連絡はなかった。
両親と住んでいる家に電話はできない。
メールもない。
1990年には、そんな手段はまだ存在しなかった。
ただ、会いに行く。
それだけがふたりのやり方だった。
だからこそ、会えないだけで世界がひとつ欠けたみたいな感覚になる。
月曜日、火曜日、水曜日。
図書館の前も、商店街の本屋も、ソフトクリーム屋も、ベンチも。
どこにも彼女はいなかった。
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金曜日の夕方。
図書館の前を通ったとき、ふと見覚えのあるカーディガンの裾が視界に入った。
「……!」
足が止まった。
けれど、それは似ているだけの誰かだった。
僕はポケットに手を入れたまま、立ち尽くした。
風が、少し冷たくなっていた。
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その夜、ホテルに戻ると、鞄の中から一枚のポストカードが出てきた。
ケイコがくれた、あの外国の街角の絵葉書。
その裏に、僕はこっそり文字を書き残していた。
「また、どこかで」
今になって、その言葉がやけに切なく響いた。
「会いたいな」
心の中でだけ、そう呟いた。
そして思った。
——こんなふうに、“会えない”ことで人を想う時間って、
いったいどれくらいぶりなんやろう。




