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風の向こうに、君がいた。  作者: 宮滝吾朗
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【第3話】後醍醐天皇と山中の猫

挿絵(By みてみん)


その猫は、5年前の冬にやってきた。


年も押し詰まった12月の暮れのその日、僕とケイコは正月のお節の準備の為に、醤油を買いに出かけた。車で山道を1時間半、かつては南朝が置かれた事で有名な隣県の山中にある造り醤油屋。日常の調味料を買いに出るには少しばかり大仰な道のりではあるが、僕たちは何よりその醤油の味を気に入っていたし、ちょっとしたドライブの口実も兼ねて何ヶ月かに一度その店に通っていた。


「あ、猫!黒猫!」


ケイコが小さく叫んだのは、その古都に入る手前の峠道に差し掛かった時の事だった。

僕はバックミラーで後方の安全を確認するとブレーキを踏み、タイミングよくそこにあった路肩のエスケープゾーンで車を転回させると、来た道を少し戻った。

「み゛ゃー!み゛ゃー!」としゃがれた声で、痩せこけた小さな猫が道路横に迫った山の方に向かって吠えるように鳴いていた。通りがかりの遠目には黒猫に見えたが、近づいてみると焦茶色の縞模様に全身を覆われたキジトラ猫だった。

ケイコが助手席のドアを開けて車を降り、猫に向かって歩いていく。

元々猫好きで、今の家に越してくる前、まだ子供が産まれる前の2人暮らしの時には大勢の猫と一緒に暮らしていた僕たちは、野良猫を見かけるといつもこうやって接触を試みる。そしてほぼ全ての場合、警戒心の強い野良猫はすぐに逃げていく。時には「シャー!」と威嚇の捨て台詞まで残して。

だから今回も、わざわざ戻ってきてはみたものの、また同じパターンなんだろうと思っていた。

しかしこのキジトラ君は、凡百の野良猫とは違っていた。

「どうしたの?山に何かあるの?」と声をかけるケイコの方を見ると、何か物言いたげに近づいてきたのだ。

「ん?どうしたの?一緒に来る?」と更に声をかけてケイコが車の方に歩き出すと、何と彼の方が先導するかのように車に近づいてくる。ケイコが後部ドアを開ける。すると若きキジトラ君は、自分から車に飛び乗ってきたではないか。

初めてのパターンに戸惑いながらも、ケイコが助手席に座り、僕が再び転回して元目指していた方向に出発すると、猫は車の中をぴょんぴょんと移動して、助手席のケイコの膝に座り、頭を擦り付けてきた。


こんなに人懐こい野良猫は初めてだ。にしてもここまで擦り付けてくるのは、お腹が空いているに違いないと考えた僕たちは、醤油屋に向かう道すがらにホームセンターを見つけて寄り道し、缶詰とドライタイプのキャットフードを買い込んだ。僕はご丁寧に、藁で編まれた猫ちぐらまで見つけて買ってきた。

ホームセンターの駐車場に停めた車の中で猫用の缶詰を開けると、猫はすぐに喰らい付いた。

あっという間にひと缶たいらげると、それで満足したのかゴロゴロと喉を鳴らし、買ったばかりの猫ちぐらの中に自分から潜り込むとそのまま寝てしまった。

野良とは思えない余りに無防備な行動に驚き呆れながらも、とりあえず落ち着いた猫の様子に僕たちは安心し、そもそもの目的であった醤油を一升瓶で何本も買い、来た道を戻って家路についた。

その間も、猫はちぐらの中で熟睡したままだった。


そんなわけで、無警戒なキジトラ君はそのまま我が家にいることになった。

彼は今日も、その大きくなりすぎた身体には窮屈であろうちぐらの中に無理やり入り込んで熟睡している。

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