【第22話】スタジアムの風、誰かの背中
その日は、特に約束もしていなかったけれど、
気づけばまた、ふたりは同じ街を歩いていた。
駅の改札を出たところでばったりと会い、
「せっかくやし、どっか寄ろか」とだけ言って、
ふたりでゆっくりと歩き出した。
空は少し曇っていて、風が冷たかった。
遠くに、観客の歓声のようなものが微かに聞こえた。
「なんやろ、あの声」
ケイコが耳をすますように言った。
商店街の電気店の店頭のブラウン管に、大きな男たちが楕円のボールを奪い合ってぶつかり合っている映像が流れていた。
「ラグビー?」
「ラグビーやね。日本代表対フィジー代表の試合やってるんや、今日。」
そう答えると、ケイコは少しだけ足を止めた。
その目が、どこか遠くを見つめていた。
歩きながら話したのは、ラグビーの話だった。
僕が今でも続けていること、仲間と集まって泥だらけになること、
時折、試合のあとで打ち上げと称して銭湯に行った後で餃子の王将でたらふく食べること。
「へぇ……おっちゃん、そんなに走れるんや。意外と元気なんやな」
「まあな、けっこう動けるで」
「でも……」
ケイコは立ち止まり、少しだけ目を細めた。
「なんか、その姿……どっかで見たことあるような気がする」
彼女は、自分の言葉に自分で驚いていた。
「冬の夕方。グラウンドの隅で、ユニフォームのまま、
ひとりでスパイクの泥洗ってる背中。……それ、夢かなあ……?」
僕は答えなかった。
ただ、彼女のその記憶の断片が、まっすぐに僕のほうを向いていたことに、胸が静かに震えていた。
•
そのあと、僕たちは近くの川沿いを歩いた。
ケイコは時おり足元の石を蹴りながら、黙っていた。
風が吹くたびに、マフラーの端がゆらいで、夕暮れの匂いが香った。
「なんか、最近よう夢見るねん。
夢っていうか……知らんはずの場所とか、人とかが、
あたかも前から知ってたみたいに現れるんや」
「それって、怖い?」
「……怖くはない。
むしろ、安心する。思い出すたびに、少しホッとするねん」
「なら、ええ夢やな」
「うん。でもな、今日のは……ちょっとだけ、泣きそうやった」
そう言った彼女の横顔が、
13歳には見えないほど深い影を落としていた。
•
その夜。部屋に戻った僕は、灯りをつけたまま、カーテンの隙間から外を見ていた。
ふと、耳の奥にあのラグビーの歓声が、
もう一度、風の音に混じってよみがえってきた。
遠くから、あの日の自分が、
泥にまみれてスパイクを洗っている光景が見えたような気がした。
その背中に、誰かの視線が重なっていたとしたら——
きっと、それはケイコだったのだ。




