【第16話】たこ焼き屋の午後、ラジオとソフトクリーム
週末の午後、天五中崎通商店街のアーケードを歩いていたときだった。
細い路地の一角、赤ちょうちんの下に小さなテーブルが並ぶたこ焼き屋があった。
その前で立ち止まった瞬間、屋台の脇に誰かが腰かけているのが見えた。
制服姿、グレーのカーディガン。
ソフトクリームを持って、焼きあがるたこ焼きをじっと見つめていた。
ケイコだった。
僕は、そっと声をかけた。
「……今日は、甘いのとしょっぱいので、バランス取ってるん?」
彼女はちらりとこちらを見て、ソフトクリームをひとなめして笑った。
「たこ焼きは、ソースの匂いでお腹が鳴るけど、ソフトクリームは心が落ち着くねん」
その言葉に、思わず吹き出しそうになった。
「それ、詩人みたいやな」
「ちゃうよ。食いしん坊なだけ」
彼女はそう言って、焼きたてのたこ焼きをひとつ、ふーふーしながら口に運んだ。
•
屋台の端には、小さなラジカセが置かれていて、ラジオの音楽が鳴っていた。
流れていたのは、久保田利伸の『You Were Mine』。
軽快で、ちょっとだけ切なくて、空気を晴らすような曲。
ケイコがラジオに合わせて小さく歌っている。
「これ、お兄ちゃんの好きな曲やねん。私も好きやねん、この曲」
「久保田、聴くんや?」
「聴くよ。お姉ちゃんは斉藤由貴と薬師丸ひろ子ばっかやけど。」
そう言いながら、彼女は膝の上でリズムをとっていた。
足元のローファーが、音に合わせて小さく揺れる。
「うちのお兄ちゃん、この曲流しながら海行ってたな。南港とか。
“カリフォルニアに行った気になれる”言うて」
「わかるわ、それ」
「え、ほんま?」
「うん。俺も、よう聴いてた」
それがどこかで、彼女の“記憶のどこか”に触れたように思えた。
彼女は少し首をかしげて僕を見た。
「……おっちゃん、なんか不思議やな。たまに、昔私と喋ってたみたいな感じする」
ドキリとした。でも笑ってごまかした。
「私、そういう感覚、ちょいちょいあるねん。前にもここで誰かとおった気がする、とか、聴いたことないはずの曲が懐かしかったりとか」
そう言って、彼女は最後のたこ焼きを食べた。
ソースが口元についたのを、ポケットから取り出したティッシュで拭った。
「……おっちゃん、コーヒー好き?」
「好きやで」
「ほな今度、図書館のとなりの喫茶店で、コーヒー飲まへん?私はソフトクリーム食べるから」
それは、誘いというより、“再会の予告”のようだった。
•
僕は頷いた。
「ほな、またな」
「うん。また」
•
商店街を抜けると、空がやけに高く見えた。
風の中に、ソースの香りとバニラの甘さが少しだけ残っていた。
どこかで、マーキーの声がした気がした。




