【第14話】雨のあとの歩道と、確かな既視感
次の日曜日、朝から雨だった。
部屋の窓を打つ雨粒の音を聞きながら、僕はベッドの中でしばらく目を閉じていた。
夢は見なかったけれど、胸の中には昨日の午後の“静かな再会”の感触が、まだ確かに残っていた。
——ケイコだった。
そう確信していた。
だけど、今の彼女は13歳。まるで別の時間にいる人間のような存在。
僕のことを知らない、でもきっとどこかで感じているはずだ。
あの一瞬だけ交わった会話のなかに、かすかな既視感があった。
彼女のまなざしの中に。
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昼過ぎ、雨があがった。
僕は、意味もなく街を歩いた。
濡れたアスファルトに空が映っている。商店街の看板が水たまりの中で波打っている。
歩道の片隅、古い商店の軒先に、猫が一匹佇んでいた。
キジトラだった。どこかで見たことがあるような気がした。
——ゴローちゃん、シロさん。
未来で一緒に暮らしている猫たちの名前が、自然に浮かんだ。
ケイコが、彼らのことを「この子らは私らの子どもみたいなもんやで」と笑って言っていたのを思い出す。
頭の中に、あの暮らしがよみがえる。
ヒッチキャリーに薪をくくって、僕とケイコとケンタとシンタの寝袋を後ろに積んで、湖畔で焚き火を囲んだ夜。
ケイコが淹れてくれたミルクティーの香り。
子供たちが眠ったあと、ふたりで静かに聴いたユーミンの「やさしさに包まれたなら」。
全部、たしかにあった。
なのに、今はすべてが遠く、夢のようだった。
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夕方、喫茶「バンビ」に立ち寄った。
いつかケイコと一緒に来ることになるだろう場所。
まだその未来にはたどり着いていないけれど、どこかで確信があった。
カウンターに座り、ブレンドを頼む。
店内はレコードの音。マスターが手で針を落とすと、J.D.サウザーの「You're Only Lonely」が流れた。
甘く、すこしだけ哀しい音楽だった。
ガラス窓に映る外の景色は、どこまでもやわらかかった。
カップに口をつけながら、僕は考えていた。
「もう一度、彼女とちゃんと話したい。
でも、それは“昔の記憶を取り戻してほしい”からじゃない。
今ここで出会ったケイコのまま、もう一度惹かれていくのも、悪くない気がする」
彼女が思い出すのを待つのも、
僕がこのまま消えてしまうのを恐れるのも、
どちらも意味のないことなのかもしれなかった。
ただ、もう一度、彼女に「会いに行く」こと。
それだけは、自分で選べる。
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喫茶店を出たあと、僕は傘をたたんでポケットにしまった。
湿った風が頬をかすめて、春の気配を少しだけ運んできた。
その風の中に、彼女の気配が、ほんのすこし混じっているような気がした。




