婚約破棄よりも大切なこと
伯爵令嬢なるものは常に気品がなければならない。
たとえ、プライベートな時間でも優雅さを忘れてはいけない。
志は高く、他者の見本になる行動をし、洗練された動作を心がける。
朝のティータイム。私はメイドの淹れてくれた紅茶をたしなむ。
「何か変わったことは?」
「特にありません」
メイドの報告を聞きながら、私はゆったりと紅茶を味わう。
「昨日の卒業パーティーで、王子が婚約者の美貌姫を婚約破棄したぐらいですね」
私は盛大に、口の中の紅茶を吹き出した。
「お嬢様。伯爵令嬢は紅茶を吹き出したら駄目ですよ」
「そんなことは、どうでもいいのよ。卒業パーティーで婚約破棄ってなによ」
「王子が婚約破棄したんです」
「そっちじゃなくて、卒業パーティーの方よ。私、呼ばれていないんですけど。卒業パーティー自体あったの知らなかったんですけど」
「嫌われているんじゃないんですか」
「私は嫌われてないわよ」
「じゃあ、存在感がなくて忘れられたとか」
「私は派閥のトップよ」
「なら、嫌われているんですね」
「だから、嫌われていないわよ」
私は自分の派閥のシャルロット伯爵令嬢を呼び出す。
「およびでやんすか」
「あなたは卒業パーティーに行ったの?」
「もちろん行ったんでやんす」
「なんで、私が呼ばれていない卒業パーティーに、あなたが参加しているのよ?」
「そりゃあ、あっしは卒業生だからでやんす」
「私も卒業生よ」
「それよりも王子の婚約破棄宣言でやんす」
「私は他人の惚れた腫れたには興味ないのよ。何で、私に卒業パーティーの声がかからなかったのかと聞いているのよ」
「声をかけても、どうせ欠席するからでやんす」
「欠席はするけど、初めから声がかからないのと、声がかかって断るのは、ぜんぜん違うのよ」
「そう言うところでやんす」
「どう言うところなのよ?」
「それよりも王子の婚約破棄宣言の話でやんす。新しい女ができたから婚約破棄するってひどい話でやんす。かわいそうな美貌姫でやんす。同情しないんでやんすか?」
「しないわよ。この国一番の美人で能力もあるんだから、他にもっといい男、いくらでも捕まえられるでしょう。それよりも、卒業パーティーの話よ」
「いいえ、婚約破棄の話でやんす。かわいそうな美貌姫」
「かわいそうもなにも、婚約破棄されたら王家の呪いから解放されるから万々歳でしょうが。あれ?王子、婚約破棄した後の王家の呪いの対策はどうするつもりなの?」
「何も考えていないと思うでやんす。数日中に美貌姫から呪いが外れて、別の王家の誰かに呪いがかかるなんて、想像もしていないはずでやんす」
「王家の誰に呪いがかかっても、王家が大混乱になるわね。少なくとも王子の才覚で対処できるものじゃないでしょう」
「そうでやんす。だからこそ、婚約破棄について話をしなければいけないでやんす」
「元々、王家の権威なんて落ち切っているから、ほっとけばいいのよ。それよりも、卒業パーティーよ。卒業パーティーだけなんでしょうね?」
「どう言う意味でやんすか?」
「卒業パーティー以外に、他に、私抜きでパーティーとかしていないかと聞いているのよ」
「ないでやんす」
「本当に?」
「本当でやんす。一か月まえに、派閥のみんなで卒業記念旅行に行ったぐらいでやんす」
「なにそれ?なにそれ?」
「トルネ温泉まんじゅうを渡したはずでやんす」
「みんながトルネ温泉まんじゅうを渡してくるから、ちょっと変だなとは思ったのよ。他には、私抜きでみんなで行った旅行はないの?」
「大丈夫でやんす。他にはないでやんす」
「私、半年前に、みんなからパルネ温泉まんじゅうをもらったんだけど」
「ありましたでやんす」
「なんで、派閥のトップの私に声かけないのよ」
「めんどくさいでやんすね」
「今、めんどくさいって言った?」
「言ってないでやんす」
「どうせ、私なんか、みんなに嫌われているわよ」
いじける私に、シャルロット伯爵令嬢が、紅茶の缶を手渡す。
「誕生日、おめでとうでやんす。本当はみんなで誕生パーティーしたかったんでやんすが、嫌がるのわかっていたんで、個々でプレゼントを手渡すことに決めたんでやんす。トルネ名産品の高級紅茶でやんす。みんなもめちゃくちゃ悩みながら、プレゼントを選んでいたでやんす」
私はため息を吐く。
まったく、こいつらは、こういうところがずるい。
「ありがとう。一緒にこの紅茶を飲みながら婚約破棄の話をしましょう」
「はいでやんす」
「そもそも、王子があなたに惚れていたんでしょう。なんで婚約破棄なの?」
「いくら呪いのせいでも、語尾がやんすの女は醒めると言われたでやんす」
おわり