序章 ミズタマリの転生顛末
いつか投稿しようとブロットを作り、序章だけ書いて長く温めていた(放置ともいふ)お話を、試みに公開します。よろしくお願い致します。
独身アラフォー会社員の水田万里が働いていたのは、年末年始に超絶繁忙期を迎える職場だった。
感染症の流行りやすいシーズンで、例年1人か2人の欠員は出てしまうのだが。あろうことか、この冬はインフルエンザの猛威に晒されて、欠勤相次ぐ悲惨な年末を迎えるハメに陥った。
何の因果か、生来の貧乏くじ体質で、こういう時には必ず1人残される。身も心も丈夫な万里は、不眠不休、粉骨砕身狛鼠のように働いて、3人の同僚が復活した元日にようやく業務を引き継ぐと、ふらふら帰路に着いたのだけれど。
最寄り駅の改札を出て安心してしまったのだろう。もう眠くて眠くて。半分意識を失いかけている状態でとぼとぼと自宅までの道を歩いていたときだった。
ぼんやりと正面から減速気配のない車が来たなぁと思っていると、脇道からカーンと木の板で硬い物を叩く乾いた音がした。
弧を描いて飛んできたのは綺麗な羽子板の羽で。それを追って赤い晴着姿の小さな女の子が飛び出してきて。
あっと小さな呟きが溢れた時には、万里は、手を少女に伸ばしながら駆け出していた—————
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ふわっと意識が浮上する。ふわっと。やけにふわふわとしていて、思考もぼんやりとしていて曖昧だ。何だかとても眠い。
はてな。
首を傾げようとしたけれど、首の感覚がない。というか身体感覚が一切ない。
あれれれれ? 私、どうしちゃったのかな、、、ってか、私って何だったっけ?
万里は、身体という外殻を失って不安定になっている自我に困惑する。
そこはとても不思議な空間だった。
ピンクグレープフルーツの色から白亜へ、うすらと青みを加えながら群青へと向かう色合いは、黄昏とかトワイライトとか表現される、美しい空の色だったと思う。風景を形作るものは無もない。雲も霞もない。上下も境目も判然としない。色合いだけを纏って広がっている。そんな空間だ。
ぼんやりと意識が浮上してから、どれだけ漂っていただろう。距離も時間の感覚もわからなくなって、ただただ彷徨っていると。唐突に、パシっと白磁器のような肌の冷たくて美しい手につかみ取られた。
虹色を帯びることで空間の色から浮かび上がって見える黄昏色の長い髪と、晴れた日の冬の夜空のような群青に黄金を散らした瞳。見るものを唖然とさせる人外の美貌がそこにあった。
「ほう、これは稀な。迷魂か。おぬし名はまだあるか?」
私の名前は、、、ミズタマリ?
「水溜まり?」
違うっ 水田、万里! 水の田んぼでミ・ズ・タッ、1万円の万に山里の里でマ・リッ ですっ!
子供の頃、近所の悪ガキに『水溜まり~水溜まり~泥水ドロドロ水溜まり~』と揶揄われていた。水溜まりに突き落とされた時には、手で泥水を掬って投げつけてやったものだ。
アイツのせいで、名前を水溜まり呼ばわりされると、ついついイラッとしてしまう。何もかもが曖昧でぼんやりしているのに、この苛立ちだけは明白に感じられるのだから、幼い頃の記憶とは恐ろしい。
「ふっ 随分と頑丈でイキのよい迷魂だのぅ。うむ、面白い。ウチの子にしてやろう」
人外の美貌が目を細めて、うっそりと笑む。
「ここの創造主が、お前の世界から招いた聖女の魂の扱いを雑にしてなぁ。実に適当な状態で人族に与えたようなのだ。昨今の人の世の有様に不満を募らせておるのは知っていたのだが。一つの世界で大いに繁栄している種族に短期間で絶滅されては、全ての世界を世界として保つ均衡に影響が出ることもあってなぁ、困るのだ」
そうぼやきつつ、矯めつ眇めつと見分してくる。万里は嫌な予感にふるりと震えた。
「———お前、さては、聖女の魂の召喚に誘因されたな?」
は?
「ふふっ そうか。ならば、おぬしには都合のよい裏聖女になってもらおう」
えっ?
ウラ?
万里は濃度を増した嫌な予感にぴきっと固まった。
次には、なんとか逃れられないものかと、自分を捕んで離さない手の中でジタバタと暴れてみたのだけれど。
「はっはっは、元気は一番というぞ。愛い愛い」
悪手だったらしい。人外の美貌の口角がキレイな弧を描いている。実に楽しそうに。何か悪戯を思いついた子供のように。
「此方の身体に馴染みむよう、名は万里に響を寄せてマリーグレイス。役割りは、、、む? 何だこれは。『悪役令嬢』? うむー、まぁ、公爵家の娘であれば不自由はなかろう。本質は裏聖女、と。あっさり死なれては困る。転生特典を付与しておこうな。ああ、身体が不自由な赤子に大人の記憶を持たせるのは酷か。とりあえず封印して隠蔽、と。記憶を誘引する合言葉は、あらゆる言語で『ミズタマリ』。これならおぬし、生前の刷り込みでイラっと刺激が生じるであろう? 妙案妙案、はっはっはっ」
ちょ、ウラ聖女が悪役令嬢って何!?
黄昏の主さまが次々と言葉に繰り出す設定に、万里は震えが止まらない。
生前はいわゆるお一人さまというやつだった。
けれども、そこそこリア充で真面目なカタブツ系会社員だったのだ。金銭面でも苦労はなかったから、本は多少値がはっても好きなものを買って読んでいた。ちなみに、大好物は時代小説だ。
中学生になった姪っ子にねだられて、ゲーム機と恋愛ゲームとかいうもののソフトをクリスマスプレゼントにしたことはあった。郷里に帰省した時に、そのゲームに付き合わされたこともあった。
悪役令嬢がどうとかこうとか。なんとなーーーーく、そこで聞いたような気はするけれど。そんな姪っ子も、今はもう大学生だよーーーーっ
こんなよくわからない世界になんて、転生なんてしなくていいですっ
ヘンテコな設定を押し付けないでーーーーっ
ジタバタジタバタ暴れてみても、どこ吹く風の黄昏の主さまは「これでよし。ふふふ、我ながら上出来上出来」と、至極ご満悦である。
元気に暴れる万里の魂を、愛し気に眺めながら両手で大切に包み込んで。
形の良すぎる冷たい唇を寄せてくる。
やぁーーーーめぇーーーーーてぇぇえええーーーーっ
絶叫虚しく。
接吻を頂戴したと同時に、万里の世界は真っ白になった。
とりあえず、万里の転生顛末でした。
次はマリーグレイス誕生です。年内には生まれて欲しいと思っています。




