P5「恋に歳の差は関係ありません」
いぃまぁ、春がきて~、きみぃは~、きれいに?
人には好きになる異性にそれなりな傾向がある。
いわゆる『好きなタイプは~?』というあれだ。
「で?何が言いたいの?」
佳孝はオレに怪訝な目線を向けながらそう問いかける。
朝の登校時刻、しかも早い時間のため、今この廊下にはオレと佳孝と乃之芽の三人だけだった。
「ていうか洋季。君はいつから不良の手下になったんだい?」
「ん?いや、手下ってわけじゃねぇんだよ」
乃之芽はどうしても佳孝を見たいと駄々をこねたので連れて来たに過ぎない。
「おい、余計なことは思うな」
乃之芽がオレの首を曲げて佳孝の方を向かせないようにした。なるほど、これなら読心術は使えんな。
「ところで黒三沢くん。単刀直入に聞くが、君は今付き合っている人はいるか?」
「いいえ」
まぁそれは分かっていたことだ。佳孝は平然と答えるし、乃之芽も一応安堵の色を見せる。
「じゃあ、好きな子とか、片思いの相手もいないんだな?」
「………な、何でそんなこと言わなきゃいけないんですか」
「「………え”?」」
アウトォーーー!!完璧アウト!何その反応!?
若干照れくさそうに目線逸らしたし!なんか頬赤いし!片思いし中オーラ出まくりんぐ!?
しかし!それ以前にやばいのは!
この『乃之亜ちゃんの、ドキッ!気になるあの人が気になっちゃう!え?……もしかしてこれは………初恋なの?ってなわけで皆お手伝いしちゃうよん大作戦!!』がぁぁぁああああ!!!
「変な作戦名をつけるな!動揺するな!」
乃之芽自身、強がる様子を見せるが、その目には苦悶の色が見える。
とりあえず、オレは次の質問をした。
「さぁ、意中の相手をお教え願おうか。だんまりはいかんぞ?痛い目に合いたくなければな」
「誰が言うかボケッ!」
佳孝がそう吐き捨てて去ろうとした。
「待ってくれ!」
おぉ!乃之芽の姉貴が前に出る!よっしゃ!ここは一つ姉貴に頼みましょう!
「………誰が好きなのかは、言わなくていい。まぁいい辛いだろうしな。だが、せめてお前が好きなタイプとやらを教えてくれないか?………お前のことが好きという奴がいるんだ!そいつのために……頼む!そいつに、お前と相思相愛になれるように!チャンスをくれ!この通りだ」
乃之芽が頭を下げる。こいつは驚いたぜ。
不良のトップをしておきながら、妹のためなら、その地位も、プライドも、全て殴り捨てて頭が下げれるのか?
オレは言い知れぬ感動と、乃之芽の熱い思いに同調して、頭を下げた。
だが、佳孝とは向かい合ってないので違う方向に頭を下げていた。だが!誠意なら伝わるはずだ!
「洋季。意味わかんない」
「この馬鹿は無視してくれ!本当マジで!存在を認めないでくれ!」
乃之芽の熱い台詞が聞こえる。オレは柄にもなく涙を流した。
「………ちなみに聞くけど……僕のことを好きって言ってくれている人って……生徒なの?」
「あ、あぁ。一年生だ」
「ごめん。眼中に無い」
なにぃぃいい!?お前本当にロリコn
佳孝からどぎついキックをくらう。お陰で顔面から廊下と正面衝突しちまったぜ。
「ガキに興味は無い。ただそれだけだ」
「つ、つまり私のようなお姉さんがタイプなのか?だ!ダメだ!私に惚れては!」
「惚れませんよ。あんたとは一つしか変わらんだろうが」
おいおい、お前まさか先生の中に狙っている人がいるとか言わないだろうな?
「うっ!………そ、それがなんだよ!」
「「………へ?」」
オレと乃之芽が本日二度目の同時リアクションを起こす。
「な!なんだよ!いいじゃんか!誰を好きになろうがさ!」
「いや、佳孝。お前は勘違いしている。どう考えても同級生………いや、少なくとも年下、だが中学生からはお話にならん。そう高校生、女子高生!!この時期が一番、女の子は可憐で!美しくて!純情で!輝いているんだよ!ほら!東雲先生を見てみろ!見た目もイイのに!胸もあるのに!性格があれだが!それでも一切男っ気がないだろ!それはあの人がもう26だからだ!女子高生じゃないんだ!三十路まで後4年切っているんだ!お前は今17だろ?単純計算でな!お前が小学生だと!あの人はもう大学生ってことなんだよ!九つも離れているんだぞ!?歳の差カップルびっくりだろ!」
後半何を言っているのかオレでもわからなかったが、とにかく魂の叫びを上げた。
何だか乃之芽から軽蔑の眼差しを感じるが、そんなことより我が親友が誤った道へ行くのを止めるほうが優先だ!
だが、どうやら佳孝に考えを変える様子は無いようだ。いや!それどころか!奴に目に火が付いた。
「東雲先生の………東雲先生のどこがダメだって言うんだ?あの人ほど美しい人を僕は知らない。不良生徒や洋季みたいな問題児と真正面から立ち向かって、それでいて面倒見がいい。根気よく生徒に付き合ってあげるちょっとお節介な先生だよ。でもね…何だかんだでやっぱり女性なんだよ。時には疲れて甘えたくなる時もあるんだよ、あの時だって……ゲフンゲフン。とにかく!東雲先生を悪く言う気なら、さすがの僕も切れるよ?先生だって十分可愛い。いや、そこら辺のガキより断然可愛いね!それに大人でいつもしっかりしてるけど、時たま弱みを見せちゃう。そこにグッと来るのがいいんだよ?そんな事も分からないで未発達な子供を色目で見るなんて、それはもはや性欲の塊だよ。本当の恋じゃないね」
な、なんと!キサマァ!!
「き、君は東雲せんs…」
「てめぇぇえええええ!!女子高生がタイプの人間を敵に回しやがったなぁああああ!!!」
乃之芽がなにやら言いかけたが、んなこたぁどうでもいい!
「青春時代といえば幼馴染との恋!つまり後輩!もしくは同級生!そして先輩!この三つのどれかから一生の伴侶を見つめるのが正義!!!それを言うに事欠いて性欲の塊だと!?貴様はいい年したおっさんが女子高生好き~、とかいうあの下劣な思想と高校生時代の女子高生好き、イコール同級生好きを一緒にするつもりかぁああ!!!断じて違う!幼馴染とはなぁ!同級生とはなぁあ!共に同じ記憶を積かなねてきた世界に二人といない子のことなんだよぉおお!!貴様こそ歳が離れた相手を好きになりやがってぇえええ!!お前らには!記憶も!過ごしてきた日々も!明確な関係もありゃしねぇだろうがぁああ!!!」
「年上なら誰でもいいわけじゃねぇよ!東雲先生だからこそ!僕は本気になれるんだよ!!」
「東雲ティーチャーだぁあ?いいだろう!てめぇの本気を見せてみろ!お前の思いが!気持ちが!恋焦がれる真剣な恋心が!あの東雲先生に伝わるのか!そして恋が成就するのか!!見せてみやがれぇええええ!!!」
オレと佳孝の叫びあう会話は朝の校内で響き渡った。
朝のホームルームの時間です。でもオレの教室にはあの伊達政宗がいます。
「伊達政宗じゃねぇ。希だっつてんだろ」
木刀を片手に本日も機嫌が悪そうです。正直眼帯が『鬼』という漢字の刺繍です。
「先生。悪いがこいつをしょっ引いてもいいか?」
「どうぞどうぞ」
ちょ、真田ティーチャー!そんなにあっさり見捨てないでくれよ!
「さっさと行け疫病神!」
ひでぇ!それが生徒に対する言動か!?
オレは今度真田の授業を絶対に潰してやろうと心に誓った。
そして、オレと伊達政宗は生徒会室に行く。
中へ入ると、乃之亜ちゃんが小刻みに震えながら静かに泣いていた。
「も、もしや朝の佳孝との密会を見ていたのか?」
「どこが密会だよ。叫び合ってた所為で全員知ってるだろうが」
政宗は相変わらず機嫌が悪い様子を見せる。
そして、乃之芽とアリスも、難しい顔を見せていた。
「乃之亜がこの様子だからな………。こっちとしても無視して授業に出るわけにも行かないと思って」
乃之芽がそんな事を口走る。だが、オレはそれをいいとは思わなんなぁ?
オレは全員が突っ立っている中、ソファーにどっかりと座る。
乃之亜ちゃんは一人で座る用のソファーイスを陣取っていたので、オレは複数の人が座れるソファーを使った。そして横になる。
「おい。さすがにふざけている場合じゃないだろ?」
乃之芽が本気で怒った目を向ける。若干涙ぐんでいるところを見ると、本気で妹の乃之亜を心配しているようだ。だが、オレはそれが行き過ぎていると思う。
「い、行き過ぎってなんだよ!」
とうとう乃之芽は怒りを爆発させて、近くの壁に拳を突き刺した。
「そのまんまだ。妹が泣いているところまでどかどかと立ち入って、他人まで呼んで、それで何がしたい?」
「てめぇ!そもそもお前が叫ばなきゃ乃之亜もこの事実に気づかないで!」
「おいおい。じゃあなんだ?オレが叫んでいなけりゃこの事実を黙っているつもりだったのか?意中の相手に好きな人がいる………残念だがこれは事実だぞ?それを知らせないで、乃之亜ちゃんに何をやらせるつもりだった?佳孝の気持ちを踏みにじってでも、二人をくっ付けるつもりだったのか?」
「そ、それは」
乃之芽の勢いが消える。そして、乃之亜ちゃんの泣き声も止まった。
「はっきり言わせて貰うが………好きな相手だって人間だぞ?他に好きな人がいてもおかしくねぇだろ?それなのにまるで振られたとでも言いたげな雰囲気でさぁ~。オレ達もまだ片思いの途中なのは確かだが、それは相手もそうだろうが。だったら、まだ決着は付いちゃいねぇよ。それとも何か?諦めんのか?」
オレが自分でも珍しいと思うぐらい真剣に喋った。こりゃあ朝の密会と同じくらいかっこいいぜ。
「……あ、ありがとう……ございます……洋季さん」
乃之亜ちゃんが、ゆっくりと顔を上げてそう言った。
真っ赤な目に、乱れた髪の毛、顔はところどころ真っ赤で、泣きじゃくった顔がまだそこにはあった。
「まだ……私……諦めたくないです!」
「………ん。いい返事だ」
オレは親指を立ててグッドサインを出した。
さて、それでももう少し落ち着きたいだろうし。ここは乃之亜ちゃんをそっとしといて、オレ達は退散するとしますか。
「行こうぜ」
オレは三人にそう言って、部屋を出た。
アリスが最初に出て、政宗が続き、乃之芽も出て最後がオレだ。
オレがそっとドアを閉めると、アリスと政宗は笑顔をオレに向けた。
「やるときはやりますねぇ~。さすが洋季」
「まぁ、これで朝の失態は帳消しにしてやろう」
二人がそんな事を口にしながら、授業が始まるのでさっさと教室へ向かっていった。
まぁ、ようやくあいつらもオレの偉大さに気づいたってことさ。
オレは最高のキメ顔を窓の外へ向けてした。
「おい。私がまだいるぞ」
オゥ、姉御じゃないですか!
いやね、先ほどの台詞はちょいと偉そうでしたがね、まぁ必要だったため言ったのですから、その。
「なにとぞご容赦を」
オレはヨガのポーズをとろうとした、でも体が硬くて出来なかった。
「別に怒らねぇよ。ただ、ちょっと屋上に来てくれ」
ヤバイ。死亡フラグたった。みなさんなようなら~。
重い鉄のドアを開けて、久しぶりに来ました屋上です。
フェンスに囲まれつつも結構な広さがあるこのスペースには、以前ソファーと机などがあったが、全部生徒会室へ移した。お陰で生徒会室にはソファーがたくさんある。
それで?ここへきてオレをどうするつもりですか姉御?
「なぁ………洋季。私は………姉失格か?」
「……はい?」
意外な質問が飛ばされた。だが、声とその様子からして分かる。乃之芽は真剣に問いかけていることに。
まぁ大方、オレがちと強く言い過ぎたのが原因かな~?
「なぁ……どうなんだ?」
乃之芽はオレのほうを一切見ない。どうやら読心術を使う気もないようだ。
まぁ、そんな事をする余裕も無いぐらい、傷ついているようだがな。
つくづくアンタはすごい妹思いのお姉さんだよ。
ここまで美しい姉妹愛なんぞ、オレァ見たこと無いね。
「……あんたは最高の姉さんだと思うぜ」
「お世辞はいい。本当の事を言ってくれ!……私は、私は………自分勝手に、妹のためだと思って、それで、浅はかに行動して……乃之亜の、乃之亜の気持ち……を、わかってやれなかったんじゃ?」
涙声だ。だが、押し殺している。
女の子なんだから、泣きたいだけ泣けばいいのにな。
乃之亜ちゃんみたいに泣けないのかねぇ?不良のヘッドだからか?プライドがあるからか?
「あんたはさ…ヘッドでありながら、妹のためにプライドも捨てて、頭下げてたじゃん。あれがなきゃ佳孝の片思いの相手も分からなかったし、なにより、妹を一番に考えている姉が、姉失格なわけねぇだろ?オレがはっきり言ってやるよ。あんたは良いお姉さんだ」
「………そうか」
そう言いつつも、まだ乃之芽の肩は震えていた。
まぁ、スッキリできるまで、お供ぐらいしてやるよ。
オレは誰もこれないようにドアに寄りかかった。
あぁ、空がうざったいくらい青くて晴れてやがるぜ。
まぁ、そんな空が、この姉妹を元気付けてやればいいんだがな?
センセー!男子が!トイレから帰ってきません!
なにー!知るか!