P10「玉子焼きは焼き過ぎないように」
手料理できる女の子は最高です。
家庭科調理室。幾台か置かれたガスコンロと流し台。
家庭科の授業で時たま使われるこの実習室も、大抵は家政部が部室として使っている場所だ。
本日はここを貸切、政宗指導の下、乃之亜ちゃんのお料理教室を開く。
お題は『お弁当』。試食はオレとリア充キングだ。
「あぁ~あ~、夜桜さんの手料理が食べられるんだと期待したのに………夜桜さんは夜桜さんでも妹さんじゃんか~!乃之芽先輩のを食べたい!つーか乃之芽先輩を食べたい!」
なにやら爆弾発言どころか核弾頭発言をしている龍介だが、ここは無視に限る。
「コイツは頭も人格も破壊的に最低だが、見た目のお陰でリア充キングの名をほしいままにしている。それ故に、今まで食べてきた女子の手料理弁当は親の手料理よりも多いらしい。評価はしっかり出来るから安心してくれ」
「の~の~めぇ~せ~~んぱ~~~い」
どうしよう。コイツこんなキャラだったかな?
「手始めに玉子焼きだな。初心者には意外と難易度の高い料理だが、お弁当にははずせないおかずだ。味付けも大切だが、やはり見栄えがモノを言うな」
バンダナと白いコックの服装をする政宗。うん。お世辞抜きに似合う。
「た、玉子焼きぐらい作れますよ」
乃之亜ちゃんは淡いピンクのエプロンだ。うむ。感無量。
「じゃあ、とりあえず作ってみてくれ」
「はい!」
乃之亜ちゃんが元気よく返事をして、フライパンを手に持った。
まずは卵を手に取る。そして適当な溶器に卵を割る。
「ぐちゃっ!」
わ~ぉ。流し台の角で叩くが、力を入れ過ぎたために殻と中身がブレンドされてしまった。
こりゃあ当分先が思いやられるぜ!
「………えっと、これを溶器に」
ええええぇえぇぇええええ!!!まさかの続行!?
「まぁ待て洋季。卵の殻にはカルシウムが豊富に含まれているんだ。アメリカのボクサーには卵の殻だけをあえて食べる選手もいたらしいぞ」
「少なくとも食べるのは日本の一般男子生徒だぞ?」
オレのツッコミも流されるまま、次の工程へ。
溶器に入った黄身と白身、あと殻。これらを空気を混ぜながらかき回す。
ここまでは順調だな。そして、ここで味付けをする。
一般的には塩だが、時たま醤油を使用する場合もある。今回は塩のみのようだ。
「………えっと」
おっと、ここで乃之亜ちゃんが迷いを見せる。どうやら調味料のさじ加減が分からないようだ。だが、ここで慎重になるのはむしろ正解。いい加減な人間が適当に調味料を入れると、冗談抜きでゴミが出来てしまう。それほど調味料の味付けは難しいものなのだ。
「………まぁ、パラパラッと」
ふむ。塩瓶を慎重に揺らしている。まぁ入れ過ぎなければ食べられないこともない。
「ズサー」
おぃぃいいいい!!!蓋が開いちまったぞ!!!出てる!中身ドバッて出ちゃってる!!
「あわわわわ………み、水」
「ダメだ!水を入れたら玉子焼きでなくなるぞ!」
「政宗!お前の目にはまだこれが玉子焼きに成れると思っているのかぁぁあああ!!!」
オレがそう叫ぶと、政宗は冷静に言葉を返した。
「安心しろ。多分どうにかなる」
「違うだろ政宗?お前そんなキャラじゃないだろ?そんな可愛いボケをかますやつだったか?クールに台詞を言おうとして噛んじゃう可愛い子ってキャラだろ?路線は変えちゃいかんぞ?」
オレが言い終わると久しぶりの鉄拳がオレの頬に入った。
ようやく焼く作業に入ります。
「フライパンは十分に熱して………よしっ」
乃之亜ちゃんはマイペースに料理を進めていますが、食べる側のこちらにとっては気が気でありません。
そんな我々の気など微塵も感じず、乃之亜ちゃんは溶き卵をフライパンの上に流しました。
「………あれ?油は?」
「…………え?いるんですか?」
はいアウトォォォオオオ!!!今度こそダメだよ!だって油ひいてないじゃん!それってこげるって意味だろ!?はい失敗!作り直しましょうね!
「………いや!まだいける!」
「いけねぇよ政宗!いけるわけがねぇ!行くとしても地獄への片道通行だ!」
オレと政宗が言い争っていると、フライパンから黒煙が上がる。
「きゃあ!なんですかこれ!?」
「こっちこそなんですかってやつだよ!!乃之亜ちゃん!これはヘタとかそんなレベルじゃない!君は出来ない部類の子なんだ!まずは政宗の手本を見よう!ね!」
オレの説得が通じたためか、乃之亜ちゃんは大人しく言うことを聞いた。
「さて、こんなものだな」
ほう。早速政宗の作った玉子焼きが皿の上に盛り付けられる。
「味は濃い目だ。ちょっと塩辛く感じたらご飯でごまかせ」
「意外とアバウトだな。どれ」
オレは一口玉子焼きを口に放り込む。おぉ!ふんわりとした食感!しっかりきいている味!確かに濃い目だがオレは好きだ。そしてなんと言ってもこの生地の滑らかさ!舌の上を転がるとはこのことか!
「うまい!いや、本当においしいな!」
「うまうま」
リア充キングが適当な回答をしているが、これは確かにおいしい。
「乃之亜ちゃんも政宗の料理スキルを習得すれば絶対うまくいくって!」
オレが玉子焼きにがっつきながらそう言うと、乃之亜ちゃんも政宗の玉子焼きを食べてみた。
「ほ、本当です………すごくおいしい!」
「あ、ありがとうな。まぁ、実は人に作るのは初めてなんだが」
照れ隠しに笑う政宗。そしてあっという間に食べきるオレ。
「さて、こうなると他の女性陣はどんな玉子焼きを作るのか気になるな」
「な、なんだ唐突に?」
政宗がオレの方を向いて怪訝な表情を浮かべる。
「そのままだ。他の女性陣は作った玉子焼きを食べ比べしようと思っただけだ!」
「えぇ!それは乃之芽先輩の玉子焼きが食べれるという事か!」
リア充キングが早速元気になる。だが残念。乃之亜ちゃんの力量から見ても、姉御の料理の腕は信用ならないものだと思われる。
だがまぁ、呼ぶだけ呼ぼう。
さて、数分後にはそれなりな知り合いが揃った。
まずはアリスと乃之芽。そして副会長と東雲先生が来た。
試食には会長と佳孝が追加。さぁ!レッツクッキング!
「でぇえええ!!洋季さん!なぜ黒三沢先輩がここに!?」
「あぁ、なんか来ちゃった」
乃之亜ちゃんがフライパンをもってオレを追いかける。やべぇ、超怖い。
何はともあれ、四人の料理人たちがこぞってクッキングスタート!
「「「「ドーーン」」」」
なんとぉおおおお!!四人全員から黒煙がぁああああ!!
うっそだろ?こいつらみんなド下手?え?マジすか?
オレがうろたえていると、政宗がなにやらアドバイスをしている。さぁ!これでまともな料理が作れるようになるか?
「続行する!」
政宗から超大胆発言!やべぇ!これ誰が食べるんだよ!
さぁ、悪魔の時間となりました。
こちらには四つの玉子焼きがございます。不思議な事に黒い奴や、見た目は出来ていそうなものまで全部出来栄えが違います。これは本当に玉子焼きでしょうか?
「一番。副会長こと皐月美恵。試食相手は指名で会長!お願いします!」
いつの間にか出来ている悪魔のシステム『指名制度』。だが、これなら一人が犠牲だから大丈夫だな。
「ぼ、僕か………いいだろう。いただこう」
さすが会長。男らしいぜ。さぁ、問題の玉子焼きは?
会長の目の前に出されたそれは、炭の物体のようであった。ていうか炭だ。
「………しゃり」
おお!一口食べるとこの音!もう食べ物じゃないよこれ!
「お、美味しゅうございますか?」
「………あぁ、実に個性的だ」
う、うまい返しだ。そして律儀に全部食べる。すげぇ、マネはしたくないけど。
「二番。夜桜乃之芽。指名はそうだな………」
「はいオレ!オレ!夜桜さん!食べさせてください!」
「え?あぁ………じゃあ、設楽」
リア充キング………お前の事は忘れないぜ。多分。
さぁ、それで龍介の目の前に出された玉子焼きは?
なに!?黄色の黄金色に輝くこれは本物の玉子焼き!?い、いや、だが味の保障は?
「うんま~~~い!美味しいです先輩!」
「あ、ありがとな………へへっ」
なんということだ。一見失敗したかに見せての成功?こいつは驚きだ。だが、二人の仲も悪くはなさそうだな?いいんじゃね!?いいんじゃね!!
「三番。東雲蓮実。指名は………よ、佳孝、頼む」
「はい!もちろん!」
えぇえ!?先生の名前って蓮実なんだぁああ!!!
「どこに驚いてんだよ!それより!」
政宗がオレのツッコミにつっこむ。そして、こそこそと話し始めた。
「いいのか?先生と黒三沢を更に接近させるだけなんじゃ?」
「ふふふ、甘いですねぇ政宗。いいかい?意外にも乃之芽の姉御は美味しいものを作ったようだが、基本、料理で爆発させた先生の玉子焼きがうまいわけがない!ここは好感度アップに見せかけて、まずい料理を食べさせてむしろ好感度を下げるってのが目的なんですよ!」
オレが黒い顔でそう言うと、政宗はまたもや納得の行かない顔をする。
「そ、それは卑怯だろ!せめて、乃之亜の料理も食べてもらってだな!」
「なに自滅行為をしようとしているんだ!切腹はいかんぞ切腹は!」
オレに手刀を振り下ろす政宗。むしろオレが首切られた状態だ。
さぁ!首に違和感がありますが、佳孝の目の前にはやはり黒焦げの玉子焼きが!副会長よりはマシっぽいがそれでも十分不味そうに見える!いけるぜ!
「いっただっきま~す」
ふむふむ。まずは一口。さて?どんなお味だ?
「やっぱり不味いね。もっとお料理がんばらなきゃ」
「う、うん。桜田先生に教えてもらっているからもうちょっと待っててね!」
「うん。がんばってね!」
………………………え”?
しまったぁあああ!!!これは予想外!二人の仲は更に進んでいただとぉおおお!?!?
やばい!これはむしろこちらに多大な損害が!
「おい洋季!乃之亜が倒れたぞ!!」
はんぎゃあああ!!総統!しっかりしてください!!
残念な事に、こちらが有利になると思われた料理対決は、我々の惨敗だ。乃之亜ちゃんはあまりのショックに現実逃避に入ってる。今は壁に向かってお話中だ。
「四番。咲根アリス。洋季!せっかくだから食べてよ!」
オ~ゥ、ここにきてオレにご指名が来ました。
だがまぁ、副会長がめっちゃ下手だったけど、あとはみんな食べれるみたいだし。アリスはごく普通の女の子だ。大丈夫大丈夫。
オレは目の前に出された玉子焼きを見た。
なにやら玉子に混じって動いている生命物体がいる。やだ、ここにきてハズレ引いちゃった!?
「えへへ~、いろいろ混ぜてみたんだ~」
このやろー。可愛く言ったって意味ねーぞコンチクショウが。
ま、まぁ、不味いとは限らないさ、どれ一口。
オレは意を決してその物体を口に運ぶ。そして飲み込む。
「…………!!!!!」
全身に走る電撃!そして灼熱の痛み!背筋はなぜか凍りつき寒気まで!?なにより声が出せない!?なんだこの衝撃は!?
「!!!!!!!!!!!!…………」
オレは昇天した。お花畑で小一時間遊んじまったぜ。
手料理できなくても一途な子は最高です。多分・・・・・。