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◇9 お父様呼びの話の続き。




 週明け。


「ねぇ、なんでまた登城したの?」


 ずいっと顔を寄せて問い詰めてくるヴェレッタ先輩。

 そういえば、登城対策を聞きそびれたな。

 お父様呼びの練習に夢中になってしまった。うっかりうっかり。


「だから、皇帝陛下に目をかけられているからですよ」

「じゃあ、あの腹黒殿下には会ってない?」

「…………皇子殿下にならお会いしましたが」


 うっかり、腹黒肯定しかけたじゃないか。

 あの腹黒天使な皇子を、本当に腹黒呼ばわりしちゃダメだからね。皇族侮辱罪に問われても知りませんよ。


「会ってるじゃん……」


 むす、と膨れっ面をしたかと思えば、私のお腹に抱きついて突っ伏してしまった。

 今日は膝枕じゃないんですか……。


 ちなみに、魔法対決大会が迫っているので、大会出場者は当日まで手合わせの類を禁止されている。

 大会出場者は、18名まで。だけど、成績が優秀な生徒が優先されるので、参加者は必然的に優秀者になる。その18名でトーナメントを行い、観戦する大会だ。


「何をしているんだ! ヴェレッタ!! 友だちの距離感じゃないだろ!!」

「うるさいな……膝枕からして友だちの域を超えてるでしょ」


 ルシオに反論をしながら、ギロリと睨みつけるヴェレッタ先輩。


「なっ……!? 最初から友だちのつもりはないと!?」

「だから何? レティツィアには婚約者もいないし、許してくれているんだから、たかが再従兄の君にうるさく言う資格はないでしょ」

「なあ!?」


 絶句して口をハクハクさせるルシオの隣で、私は呆れる。


「許すも何も、勝手に膝を枕にしているだけじゃないですか……」

「うるさいよ。僕がここまで気を許しているんだから、光栄に思いなよ」

「何様ですか……」


 なんなんだこの暴君。

 呆れ果てたが、真下にあるヴェレッタ先輩の耳がほんのり赤くなっていることに気付いて、不覚にもキュンとしてしまった。

 もふもふした純黒の髪をなでなでしたら、ずりずりと顔をお腹に押し付けられた。


「絆されちゃだめだぞ! レティツィア!」

「うるさいよ! お邪魔虫!」


 シャー! と毛を逆立てる猫みたいに叫ぶルシオ。

 ルシオが私の地雷だと知っているから口だけで追い払おうとするヴェレッタ先輩。


 そこですっ飛ぶように、例の男性教員がやってきた。


「そこ! 男女にあるまじき距離感です!」


 心なしか顔色悪く、切羽詰まった感じに注意してきた。


「は? 僕とレティツィアの問題でしょ。これくらい許容範囲のはず。なんで注意しに来るの?」


 ギロリと顔を上げたヴェレッタ先輩は、露骨に不機嫌。

 たじろぐ男性教員。そんな彼に続いてやってきたのは、学園の部外者のようだ。


「レティツィア・タルタルーガ伯爵令嬢。皇帝陛下からの招待状をお届けに参りました」

「「!」」

「皇帝陛下からですか……」


 皇帝陛下からの使者か。学園にいる時間帯に私に届けさせるとは……。

 受け取らないわけにもいかないから、手紙を受け取って使者の目の前で確認する。

 それを横からヴェレッタ先輩が奪い取ってしまった。


「コラ、先輩」

「『先日の話の続きがしたいから授業が終わったら来てほしい』? なんで皇帝陛下が君を呼び出すんだい?」

「まったく。話があるからですよ」


 皇帝陛下からの手紙を取るなんて、不敬罪が適用されてしまうわよ。ヴェレッタ先輩の手から奪い返す。

「答えになっていないよ」と、ヴェレッタ先輩はむすっと膨れっ面をする。


「馬車の迎えは手配しております。よろしくお願いいたします」

「わかりました」


 拒否権はないので、使者はヴェレッタ先輩の暴挙に驚きつつ頭を下げた。

 教員も出口まで案内をするようで引き返していく。


「どういうことだよ、レティツィア。何度も登城させられて……大丈夫なのか?」


 心配してくれるルシオに「心配することじゃないよ」と微笑んでおいた。


「レティツィア・タルタルーガ」

「? なんでしょうか。ヴェレッタ先輩」


 改まって私をフルネームで呼んでヴェレッタ先輩が目の前に立ちはだかる。


「魔法対決大会で僕が勝ったら、洗いざらい話してもらおうか」

「洗いざらいも何も、会って話しているだけですよ」

「答えになってないってば」


 プンプンするヴェレッタ先輩に、肩を竦める。


「私はヴェレッタ先輩に呑んでほしい要求がないので、その賭けを引き受ける理由がありませんね。不成立です」

「なら僕の権力を全て使って、調べる」

「皇帝陛下が関わっていることなのに?」

「君の方からボロを出させる」


 特に私から零しそうなボロは思い浮かばないけれど、ヴェレッタ公爵令息の全権力を導入されると困りそう。父親のヴェレッタ公爵様も嬉々として協力しそうだしね。


「そんなことして、私に嫌われてもいいんですか?」

「…………」


 ギクシャク。ヴェレッタ先輩は固まってしまった。



 オロッと視線を泳がすと。


「君が手綱を手放せば、大惨事になるけど?」


 ドーンと言い放った。



 どういう脅し。この暴れん坊は本当になんなんだろうね。不器用にもほどがある。

 ルシオが可哀想な人を見る眼差しを注いじゃっているよ。


「君が嫌おうとあの手この手で縁談を結べるからね」

「本当に嫌われたまま縁談を結んでもいいですか」

「…………」


 あ。顔色悪くなった。

 というか、縁談も考えるほどに、ヴェレッタ先輩は私にすっかり依存しているんだね。



「じゃあ…………婚約して…………」


 ぼそり。耳だけを真っ赤にして、ヴェレッタ先輩はそう申し込んできた。



 ふむ……。ヴェレッタ先輩との将来を考えるとは……。


 しっかり考えさせてもらおうと、時間をちょうだいと口を開きかけた時、魔法の気配を検知する。

 私を監視しているであろう皇帝陛下の手の者の隠密の気配が強くなったり弱くなったり……なんだろう、点滅? それでは悪目立ちするだろうに。私の気を引こうとしている? もしかして、返事をするなって忠告しているのかな?


 どちらにせよ、考えるってことを伝えた。


 ヴェレッタ先輩は、ムッと唇を尖らせながら「ギルヴァルドって呼んで」と注文してきた。はいはい。


「ギルヴァルド先輩、座ってください」

「……ふん。……なんでこんな頻繁に登城をさせられているの。絶対にあの腹黒の婚約者候補じゃないんだよね?」

「違いますって。政略結婚をするにしても、殿下にも選ぶ権利があるでしょうに」

「家柄はともかく、君を選ばないのはおかしいでしょ」

「何を根拠に……。殿下とは二回しかお会いしてません。ギルヴァルド先輩は、仲良いのですか?」


 皇妃様と公爵様が幼馴染だと聞いたし、交流がある口ぶりだったので、仲の良さを問うが、愚問かな。この不器用暴君に仲良い人はいないのかも。


 私のその質問に、返事はなかった。

 じっと間近で私の顔を見つめたギルヴァルド先輩が、驚いたように目を見開いている。見つめているのは、どうやら、私の眼球。


 皇帝陛下と同じ、ライトブルーの瞳。


 やがて、ギルヴァルド先輩の手が私の髪を一房取るものだから、反射的に振り払ってしまった。


 髪に触れて魔力感知されたら、髪色を隠しているとバレる。

 いや、多分、もうバレた。


「…………いや、そんな……まさか…………」

「…………」


 信じられないと呆気に取られるギルヴァルド先輩は、上手く呑み込めない様子。

 私はしれっと髪をギルヴァルド先輩とは真逆の肩にまとめておいた。


「…………」

「…………」

「…………?」


 それっきり、ギルヴァルド先輩は、深刻そうに黙り込んでしまい、私も何も言わないことにした。

 ルシオだけは戸惑って私達を見たけれど、何も話さなかった。



 ギルヴァルド先輩が私が皇帝陛下の隠し子だって気付いたとして、他言してしまうだろうか。

 一応、皇帝陛下にバレたかもしれないことを伝えよう。皇妃様が公爵様と幼馴染だから大丈夫だろう。

 そう暢気に思って、放課後は待っていた馬車に乗り込んで、登城しに行った。


 王都学園の制服のままの登城なんて変な気持ちだ。


 通されたのは、謁見の間でもなく、談話室でもなく、応接室だった。

 しかも無駄に広々とした豪華な応接室で、皇帝陛下と皇妃様に出迎えられた。いつも案内してくれる側近の人もいる。

 なんだろう。改まって。


 挨拶もそこそこに、向き合って席に着く。


「…………」

「…………」

「…………」


 またもや、皇帝陛下にくっきりと深いシワが眉間に刻まれている。

「陛下」と、皇妃様が沈黙を破って皇帝陛下を急かした。



「皇女にならないか?」


「「…………」」



 皇帝陛下が直球すぎる一言を放ったものだから、私と皇妃様は瞠目してしまう。

 ゆっくりと言われた言葉を噛み砕いて、真意を考え込んだ。


「つまり、私が皇女になった方が都合がいいということでしょうか?」

「そ、そういうことでは……」

「違うのよ、レティツィア。都合の問題ではなくて」

「私を皇帝陛下の娘だと公表してしまえば、きっかけの事件を掘り起こされますよね。私はこれ以上の遺恨は嫌なのですが」


 それともあの事件を伏せるのか。それでは皇帝陛下が不誠実な男と思われる。それは嫌だ。

 どのみち、私という存在は、激震が走るだろう。


「レティツィアの公表とともに、あの事件の存在も公表するつもりだ。経緯はどうあれ、そなたは紛れもなく私の娘。妻も息子もそなたを受け入れると言ってくれているし、私もこれから娘として城にいてほしい。実際問題、タルタルーガ伯爵家から勘当されて冒険者になって、そこで何かあってからでは遅い。皇族の証がある以上、そなたは皇族であるべきだ。そして、皇女として……私の娘として生きてほしい。頼む」


 真剣なライトブルーの眼差しが、真摯に頼み込んだ。


「どうか、父と呼んでくれ」


 そう言われてようやく、これが『先日の話の続き』だと気付いた。

 父呼びは、これに直結する話だったのだ。


「わかりました。母と祖父が亡き今、タルタルーガ伯爵家の籍になんの思い入れもございません。家族として受け入れてもらえるなら、喜んで。お父様」

「……レティツィア!」


 あまりにもすんなりしすぎたかもしれないが、迷うことは何もない。

 初めてお父様呼びをして微笑みを向ければ、皇帝陛下、いやお父様のライトブルーの瞳が潤んだ気がした。


「わたくしのことも公務以外では、お母様と呼んでくれるかしら?」

「呼んでもいいのなら、ぜひ。お母様」

「あら、嬉しいわ」


 にこにこしている皇妃様、いやお母様。側近は後ろでハンカチで目元を押さえていた。


 そこで何やら騒ぎが聞こえたかと思えば、バンッと扉が勢いよく開かれた。

 そこにいたのは、ヴェレッタ公爵様とギルヴァルド先輩。人払いのために置かれた近衛騎士が、廊下に転がっている。


 え。何事。目を見開いている間に、ヴェレッタ公爵様の鋭利に光る紫色の瞳が、私に留まる。


 手を翳された直後に、魔力が弾ける気配を頭の横で感じ取った。

 髪色を変えている魔法を弾き飛ばされたと、すぐに理解した。そんな荒業があるとは知っていたが……。



 私の月光色の髪を暴かれた。



 ギルヴァルド先輩もヴェレッタ公爵様も険しい顔で私の髪を凝視したあと、ヴェレッタ公爵様は皇帝陛下を睨んだ。


「これはどういうことだ、ニーヴェオ! ミラレーゼを裏切ったのか!!」


 ヴェレッタ公爵様の怒号が飛ぶ。

 びりびりと空気が震えるし、バチバチと雷の魔法が発動する前の感電が始まる。


 これはマズい。

 誤解で暴走していらっしゃる。拘束した方がいいだろうか。その方がいいよね。


 そう思ったのに、それより早くお父様の前を横切って、前に立ちはだかったお母様が扇子でヴェレッタ公爵様の額をひっぱたいた。


「事情があるのよ! 落ち着きなさい!!」

「!?」


 目を白黒させるヴェレッタ公爵様はとりあえず、魔法の発動を中止してくれた。


 幼馴染のお母様のために暴走しただけだからと、平謝りするお母様に免じて、今回はお咎めなしとなった。


 親子だな……。この暴れん坊公爵家。





公爵「なんだ、そんな事情だったのか。アハハ。とりあえず、息子と婚約関係を結んでいいか?」

皇帝「なんでそうなる!! ふざけるな!」

皇妃「はぁ……」



いいね、ブクマ、ポイント、ありがとうございます!!

明日の朝がラストになります。

次回、魔法対決大会で最終話!

2024/02/28

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