◇7 腹違いの弟、皇子殿下。
2024/02/28
ええー……。
腹違いの弟の皇子殿下と話すことなんてあるかな……。
皇妃様の元へ案内された時と同じくらいには気が重い。
公務に戻った皇帝陛下と皇妃様は、せめて見届けてくれないだろうか。
なんで個別で会うの。婚外子はつらいよ。
遠目で目に映る庭園を眺めていたら、その先からスタスタとものすごい勢いで早歩きで近付く人物が目に入った。
「君だろう? レティツィア・タルタルーガ伯爵令嬢!」
なんだこの人。暴君のヴェレッタ先輩から暴君さを引っこ抜いて、人懐っこさを取り入れたような美丈夫。
いや、ほぼほぼ答えが出ているような例えだけれども。
純黒の髪と紫色の瞳の美丈夫は、どう考えてもヴェレッタ公爵だろう。
「はい、レティツィアと申します。ヴェレッタ公爵様とお見受けします、お初にお目にかかります」
一応カーテシーをしておく。
「うむ。息子がお世話になっているようだね。ところで息子のところに嫁に来る気はないかい?」
「……」
とてもないですね。
いきなりすぎて反射的に答えかけた口を、キュッと閉じておく。
「私にはもったいないお話ですわ」
「君なら、ギルヴァルドに代わって私の跡を継いでくれそうなのに」
言外にヴェレッタ先輩だと後継者に相応しくないって言ってるよね。
いや、確かにあの先輩の性格上、ヴェレッタ公爵のように治安騎士団の総指揮なんて無理だろうけれど。あの人はワンマンしか出来ないでしょ。噛みつくか蹴散らすだけだもん。
ここは笑みでいなしておこう。困った時は誤魔化し笑いである。
「そうか、息子にいい嫁候補が出来たと思ったのに」
しょんぼりとするヴェレッタ公爵とあの先輩は、親子だと思った。
子どもっぽいところが似てるよ。
「では君は皇子殿下の婚約者候補なのかい?」
その問いが出ると、私の案内をしてくれていた皇帝陛下の側近から緊張を感じ取れた。
どうやら皇帝陛下の実の娘だから、側近が案内しているという高待遇を受けているらしい。
「どうしてそう思われるのですか?」
「だって向かう先は皇子殿下がいらっしゃる区画だ。他に用事が思いつかない」
紫色の瞳がじっくりと覗き込むように見下ろしてくる。
流石は治安騎士団の総指揮者。油断も隙もない。
「確かに皇子殿下の元へ向かうところですが、婚約者候補などとんでもないことでございます」
「そうなのかい? 君は王都学園の首席、それに麒麟児の再来と名高い私の息子も毎日魔法勝負で負かしている鬼才だ。伴侶には相応しいと思うのだけれど」
顎に手をやって不思議がる公爵様。
うん、伴侶はないな。だって実の姉と弟だもの。
公爵様の目が、緊張している側近に向けられた。
「皇子殿下がお待ちなので、失礼しますね。ヴェレッタ公爵様」
側近は追及される前に、さらっと逃げるを選択。
そう言われては、ヴェレッタ公爵様と言えど引き留められない。
頭を下げて去らせてもらった。
「はぁ……怖かったですね」
なんて、側近の人がへらりと笑いかける。
私が何故城にいるかと追及されては、何か秘密があると知られただろう。それぐらい、側近の人は動揺が隠せていなかった。
「それにしても、皇子殿下の婚約者候補だと思われるなんて。皇子殿下に迷惑をかけてしまいますね」
と、一緒に苦笑しておく。
実は父親が同じなのに、婚約者候補なんてね。無理である。
昔よりは私の存在は知られているようだが、ヴェレッタ公爵様は入らないらしい。
そうして、皇子殿下の部屋に到着。
皇子殿下の名前は、ニールオン。ニールオン・ルーナ・ミネラーレだ。
ふわふわした月光色の髪と、赤い瞳の五歳児だった。
月光色の髪は皇族の証で、父親似。でも髪質と瞳の色は、母親似のようだ。
「お初にお目にかかります、レティツィアと申します」
「初めまして、お姉様」
興味津々の赤い瞳で笑いかける皇子殿下。
キョロッと周りを確認する限り、事情を知っている者だけがいるみたいだ。
「お姉様呼びは嫌でしたか?」
うるりと赤い瞳を潤ませる天使がそこにいた。
「いえ、皇子殿下がそう呼びたいのならどうぞ、構いません。ただ、事情が事情なので心配になっただけです」
「そうですか! よかった! 大丈夫です、外では気をつけます」
にっこりと満面の笑みに変わる天使。
流石は美の暴力みたいな美貌の持ち主の父親と、それに引けを取らない母親の子である。
美の化身のようなショタだ。
「レティツィアお姉様の本当の髪を見せてもらいたいのですが、だめですか?」
上目遣いで頼み込んできて、この天使あざといな。
「どうでしょうか……。見せるとなると、皇帝陛下の許可が必要だと思うのですが」
そうホイホイ城内で髪色を露にしてはいけないと思う。
「お父様と私以外で見たことないのに……」
しょんぼりとする皇子殿下は、さっきのヴェレッタ公爵様と似ているなぁ……。
つまりは、わざとらしいしょんぼりである。
五歳にして自分の可愛いをフル使用しているのね。侮れない。
うるうるしないで。
「ではまたいずれ、皇帝陛下の許可をいただいた時にお見せします」
と、妥協案を出しておいた。
しょぼしょぼしつつ引き下がってくれた皇子殿下と向き合ってソファーに座る。
「また会ってくれると言うことですね、お姉様」
ニッコニコな天使。
……そうなりますね。
「もしかしたら、お姉様は私を嫌っていらっしゃるのかと危惧しておりました」
「私が皇子殿下をですか? 何故でしょうか?」
お茶の用意をしている侍女がガチガチに緊張して震えていらっしゃいますよ、皇子殿下。
「今までのお姉様の人生を聞かせてもらいました。普通なら、逆恨みだってしてしまいそうではないですか。無理もないと思います。私はお姉様の苦労も知らず、ぬくぬくと育ってきましたので……。嫌われるのではないかと、怖かったです……」
普通なら、五歳児が話すことじゃないよね、とツッコミたいけれど、お茶で流し込んでおいた。
そして皇帝陛下と皇妃様……ありのままを話しすぎではないですか……。
「いいですか、皇子殿下」
「はい……?」
「ハッキリ言って、私を虐げた身近な人々は総じてバカでした。バカがぴーちく喚いても煩わしいだけで傷つきませんよね? だから、私は傷ついておりません。よって逆恨みするほどすれてもおりません。大丈夫ですよ」
清々しいほどに笑顔でぶっちゃけておく。
これほど賢いなら、バカが何を言っても痛くも痒くないということは理解してもらえるだろう。
「お姉様……お強いんですね!」
とても尊敬する眼差しを注がれてしまった。
「お姉様は自主学習で王都学園の首席になったとか! すごいです! 幼少期は伯爵家が手配した家庭教師がついていただけなのに! ぼくと違って、環境がよくなかったのに、逆境にも負けないお姉様、強いです!」
普段の一人称は、“ぼく”なんだ。
褒めちぎられてもなぁ。きっと父親の強い遺伝子のおかげだし、元疲労困憊OLだからメンタルが強かっただけである。
「でも、さっきも連敗してしまいました。皇帝陛下に」
「お父様にですか? どんな勝負を?」
「チェスです……教わったばかりで、まだ一勝しかもぎ取れてません」
「お父様とチェス……。では、ぼくと練習しますか? ぼく、得意と自負しています」
「本当ですか? 相手がいないので、お相手していただけたら、嬉しいです」
そういうことで、皇子殿下ともチェスをやることになった。
助言をしてくれながらの一勝負。弟にお世話になります。
「レティツィアお姉様は、将来の夢はあるのですか?」
「冒険者でしょうか」
「えっ……」
ポロッとナイトの駒を落とす皇子殿下。デジャヴだな。
「レティツィアお姉様ほどの人が、ですか……? それはもちろん、冒険者の自由さに憧れるのはわかりますが……」
物凄く心配の眼差しで見てくるのは、なんで。
「高みを目指したくはないのですか? 魔塔主になるとか」
「高みですね……。そういう皇子殿下は?」
「皇帝という高みを目指しています」
「……愚問でしたね」
うっかり聞いちゃったけれど、皇子殿下の将来は決まっていたんだった。
うっかりうっかり。
「何になりたいかは、あと二年で考えようと思っていたのです」
「あと二年……。ああ、タルタルーガ伯爵家から勘当されるという話ですか」
ストン、と感情が抜け落ちた顔をした皇子殿下が怖かった。
天使がこわ。天使こわ。
「愚かですよね」
ニッコリと笑って見せる天使は、絶対に腹黒いな。
五歳児なのに。腹黒天使。
「お姉様は魔法が赤子の頃から自由自在だったそうではないですか。次期魔塔主も夢ではないかと」
「自由自在というわけではなかったですが……。魔塔主ですか」
魔法使いの頂点。
自分の顎を摘んで首を捻る。高みを目指すなら、やはりそこなのだろうか。
「お姉様が絶対に冒険者になりたいと仰るなら止めませんが。絶対に冒険者がいいと言うなら」
止めたそうな目で見られながら言われてもな……。
チェスの勝負は一戦だけ。今日はそれでお暇することになった。
「レティツィアお姉様。一回だけでいいのです。名前で呼んでください」
ギュッとドレスの裾を掴んでウルウル見上げてくるあざとい天使。
うっ。あざとい。
「えっと、では……。……ニール、オン……」
自信なさげな声を誤魔化すように微笑んで見せた。
ぱぁああっと満面の笑みになる皇子殿下は、やはり天使だった。
皇子「お姉様が冒険者になると言ってましたが止めなくていいのですか?」
皇帝「それは……熟考中だ」
皇子「何をですか?」
皇妃「うふふ」
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2024/02/28




