◇5 皇妃とお茶会、皇帝と交流。
皇妃様と話をしていて、十七年前の事件について私の予想は大きく外れていないことはわかった。
私の話から、母が酷く怯えて罪悪感に苛まれていたことを聞くと、顔を曇らせた。
「ちゃんと話をするべきだったわね」と、悔いた言葉を零すほどだった。
祖父は守ってくれたはいいが、かなり不器用な人で、完璧には守れてはいなかった。
「確かに不器用な方だったわね。ココシアもそう言っていたのを覚えているわ」と零す。
祖父が生きている間は家庭教師がいて褒め称えてくれたが、祖父が他界してすぐに解雇されてしまったので一人で自主学習をしていたと話した。
「聞いたわ。あの人によく似て、才能が溢れているのね」と嬉しそうに笑う。
嬉しくなるものなのかな。
「わたくしの息子もなかなか優秀なのよ」
「……さようですか」
言葉に迷うな。腹違いの弟について、なんて言えば正解なんだろうか。
前世があっても、困るものは困る。今日は特に戸惑いっぱなしだ。
「息子にも会ってくれるかしら?」
「ゴフッ、ゴホッ、ンン」
噴き出してしまい、なんとか咳き込むのを堪える。
「皇子殿下に、私が? ですか?」
「そうよ。だめかしら」
「……恐れながら、必要性を感じないのですが」
「そうかしら。あの子も姉が出来たら喜ぶと思うわ」
「……ご存じなのですか?」
「敏い子だから、勘ぐってはいるでしょうね。どうして愛し合っているのに、自分が遅く生まれたのか。その質問された時に、いつか話すわと答えたことがあるの」
……今まだ五歳だよな、皇子。人のこと言えないけれど、子どもらしかぬ賢い子のようだ。
「……では、皇子殿下の意思に委ねます」
無難な回答をしておく。判断は皇子に丸投げである。
「学年首席、すごいわね。聞くところによれば、かれこれ数年は自主学習のみなのでしょう?」
「はい。やはりそこは父親似となったのでしょう」
慎重に言葉を選んで答えておく。
「来月の魔法対決大会には出るのかしら?」
「ええ、そのつもりです」
才能を披露してスカウトを狙わないと、就職の希望がないのだもの。
「普通、新入生は勝算がないから出場を見送る生徒が多いのよ。でも、あなたはあのギル坊も簡単に押さえ込めたそうだし、優勝も夢ではなさそうね」
「ギル坊とは?」
誰のことかと首を傾げる。
「ギルヴァルドよ、ヴェレッタ公爵家の暴れん坊。ヴェレッタ公爵はわたくしの幼馴染だからよく知っているの」
「そうでしたか、そういえばそんなお名前でしたね」
ヴェレッタ公爵家の暴れん坊でなら通じるけれどフルネームは覚えていなかった。
ギルヴァルド・ヴェレッタか。
「ふふ。彼の方が今は麒麟児の再来だって云われているけれど、あなたから見たらどうなのかしら?」
「どうと仰っても、稽古場で暴れているところを制しただけですので、なんとも」
「では一対一の魔法で戦ったら勝てる?」
「勝てますね」
「まぁ! うふふ、即答なのね」
「すでに魔法を防いでいるので、直感的に勝てると思います」
「すごいわ。では、優勝を期待してもいいかしら」
「頑張ります」
よかった。意外と和やかに話せている。
皇妃様とお茶会なんてと肝が冷えたが、無事乗り越えられそうだ。
「あら、あの人が来たわ」
皇妃様の視線を辿って振り返ると、皇帝陛下が颯爽とした足取りで現れた。
「楽しんでいるか?」
「ええ、とっても」
立ち上がって、にこやかに答える皇妃様。
マジか。「楽しませていただきました」と、立ち上がった私も答えておく。
「タルタルーガ伯爵夫妻は先に帰らせた」
「そうなのですか」
……なんで? と首を傾げたくなったが。
「では、あなたの番ね。ゆっくりお過ごしください」
微笑む皇妃様に見送られて、私は皇帝陛下に案内された。
次は皇帝陛下と過ごすことになってしまった……。
談話室のような部屋で、ソファーに腰を下ろして向き合う。
「好きなボードゲームはあるか?」
「……一緒にやる相手がいないので、好きなボードゲームはわかりません」
「…………すまない。いや、待て。親しい再従兄がいただろう? 一緒に遊ばないのか?」
「親しくしてくれる再従兄のルシオ・チリエージャは、外で遊ぶ方を好みましたので、遊べる時は一緒に外出ばかりしていました」
「そうだったか……」
カートで持ってきた文官は、さっき庭園に案内してくれた人と同一だ。
大量のボードゲームが積まれている。すごいな、色々ある。
それを見つめて考え込む皇帝陛下は、やがて一つ手に取った。
「無難にチェスをするか?」
「……申し訳ございません、やり方を知りません」
「そうか、教えてもいいが……ああ、ではオセロからやろうか」
まぁいいんだけど……。ボードゲームして遊ぶのね。暇じゃないだろうに。
とりあえず、実の父親と気まずいオセロゲームを始めた。
「皇妃と話して、何か違う事実を発見したか?」
「いいえ。概ね私が理解した事情と一致しておりました」
「そうか……。何か質問はないのか?」
「質問ですか?」
パチパチと、オセロの駒をリズミカルに置いて話す。
「例えば、なんでしょうか?」
「例えば…………今まで、自分を気にしなかったのか、とか」
少し皇帝陛下の声が小さくなった気がする。
動揺でもしたのか、置くと思っていた場所から逸れて、勝負は接戦。そして私が勝利を収めた。
「勝ちました」
「……負けた」
麒麟児の皇帝陛下にオセロで勝った!
思わず笑みになってしまうと、皇帝陛下は口元を隠して俯いた。
「もう一戦しよう」
「はい」
二人で駒を片付けて、もう一戦始める。
「先程の質問ですが、特段気にしたことはありません。事情が事情ですから」
「…………そうか」
「デビュタントで私の名前を聞いて驚いた反応をされましたので、やはり無関心だったのだとは思いました」
「…………」
またパチパチとリズミカルに置かれる駒。私の優勢かと思いきや、大逆転されてしまい、あっという間に白の駒で埋め尽くされてしまった。詰んだ、負け。
「負けました」
「では、最後にもう一度勝負」
「はい」
もう一戦開始。接戦だったが、私が置き間違えて、負けてしまった。
一勝二敗……悔しい。
「次はチェスをするか? 教えてやる」
「……わかりました」
そんなに教えたいのかな、と思って受け入れた。
駒の役割を教わり、一戦をやりながら、やり方を教わる。
二回ほど慣れるまで付き合ってもらい、本番勝負を開始したけれど、三連続で負けた。
最後の一戦は惜しかった。絶対に惜しかった。
「もう一戦!」
「失礼いたします。昼食のお時間です」
「そうか。レティツィア、先ずはランチにしよう。続きはまたあとだ」
文官が教えてくれた。いや側近かな。もうこんな時間か。
というか、ランチまで一緒に摂るんだ……。そのあとも時間をくれるとは、どれだけ今日は私に時間を割いてくれるのだろうか。
ダイニングルームへ移動して、二人きりでランチに舌鼓。
静かな空間で、好き嫌いを尋ねられたので答えておいた。
そうして、また談話室に戻ってチェスの再開。
「将来の夢はあるのか? レティツィア」
「まだ探し中でしょうか。冒険者になろうかとは思っているんですけど」
「なッ……!?」
ポロッと、皇帝陛下がナイトの駒を落とした。
「冒険者に、なるだとっ? 何故!?」
ずいっと顔を寄せられたから身を引く。美の迫力が怖い。
「私の選択肢としては、冒険者や傭兵が最適ですから。二年後にはタルタルーガ伯爵家から勘当されてしまいます。それまでが先代当主の祖父との約束の効力ですから。貴族でなくなれば、学園にはいられなくて、就職も難しくなりますので。魔塔も魔法騎士団も、せめて学園を卒業しないとでは?」
「………………」
わなわなと震える皇帝陛下は、深刻そうに顔をしかめて黙り込んでしまった。
やはり、美の迫力、怖い。
「……わかった。熟考する」
「何をですか?」
きょとんとしたが、駒がすぐに置かれたので、チェスのことではないらしい。
「来月の魔法対決大会には参加するのか?」
「皇妃様にも尋ねられました。参加します」
「そうか。無論、優勝を狙うのだろう?」
「はい、もちろんです」
「そうか」
「あっ、チェックメイト! 勝った!」
「……ふっ。そうだな」
連敗したが、ようやく一勝もぎ取れたと両手で拳を作って喜んでしまった。
皇帝陛下に笑われてしまった。
それは、初めて見る父親の笑顔だった。
皇帝「娘の笑顔が可愛い」




