◇3 皇帝陛下の呼び出し。
どう話を聞きつけたのか、昼休みを終えて教室に戻ると、待ち構えていた義妹のピニャータが高笑いした。
「あの暴れん坊に目をつけられたのなら、レティツィアもおしまいね!!」
別にあの暴れん坊が生徒を退学させた噂なんてないのに、何を勘違いしてクスクスといやらしく笑っているのやら。
「皆さん! この人に関わっては、火の粉が降りかかりますわよ!」
わざわざ私のクラスメイトに呼びかけるけれど、すでにあなた達に関わりたくないから、敬遠されているのだから今更である。言われなくとも、である。
「むしろ、火の粉が降りかかる前に退学してもらった方がいいのかもしれませんわねぇ」
なんて、嫌がらせして追い込もう、と暗に言う。
当然、了解するわけもなく、気まずげに顔を伏せる私のクラスメイト一同。
「え? 首席の私が退学なんて、浅はかな思考しか出来ないあなた方と違って、それは大損失では? ひと科目でも私を超える成績を叩き出してから物申してくださいませ」
キラリと笑顔で言い返してやった。
悪いが、ついこの間の中間テストはオール百点の一位だ。
「な、何よ! 学力だけでは家に居座れないわよ! どうせ追い出されるんだから!!」
「まぁまぁ! 血縁者を追い出す家だと大きな声で言っては、評判はさらにガタ落ちですわよ!」
ピニャータが喚くので似た声量で笑ってやった。
今更気付いたのか、ハッとなって口を押さえるピニャータ。
「そこまでになさい。ピニャータ・タルタルーガさん一同は、いじめを示唆するような発言をするならば、看過できませんよ。以後、態度を改めないようでしたら、処罰を決めます」
そこでやってきた男性教員が厳しく注意した。
動揺が走ったピニャータと取り巻き達は、慌てて去っていく。
私はその教員をチラリと見上げる。
「大丈夫ですか? レティツィア・タルタルーガさん」
「……問題ありません」
「先程のヴェレッタさんの件で怪我は?」
「していません。……お仲間にもう少し上手く隠れるように言ってもらえませんか? うっかり不審者として対処してしまいそうです」
「!」
他の人が聞き取らないほど小声で言ってから、教室に戻った。
目を見開いている教員はやがて、踵を返して廊下を去る。
皇帝陛下の手の者らしい。あの教員だけではなく、登下校や屋敷内にも近くにいる気配がする。
気配とは、隠密の魔法のこと。私の検知に引っかかるので、いつも気になる。
あの遭遇以来、見張られているらしい。というか、調べられているのだろう。
いや、私の本来の髪色が知られていないか、または知られないか、警戒しているから見張っていると言えるのかな。
これからずっと、そうするつもりなのだろうか。
まだ猶予が二年あるから、伯爵家を追い出されたあとのことは悩んでいる最中。
自由気ままに冒険者生活もありだと思っているので、最終候補。
かといって、家を追い出されると学園には通い続けられないので、他の就職も難しい。難しいだけで、実技の大会で優秀な出来を見せつけてこちらからアプローチをかければ、何かチャンスがあるかもしれないけども……。可能性は低いだろう。
あんまり遠出すると見張り役も大変そう。私が配慮する筋合いはないけれど、家を出ることが確定したら一言報せておくべきかな。その辺の隠密している見張りを捕まえて言えばいいか。
なんて考えていたら、皇帝陛下から招待状が届いてしまった。
タルタルーガ伯爵宛に、内容は『レティツィアを連れて城に来い』である。
「一体何をした!! レティツィア!!」
何も知らない叔父のタルタルーガ伯爵は、火を噴く勢いで怒鳴りつけてきた。
この部屋の隅に待機しているメイド、皇帝陛下の手の者なんだけどな。
「暴君の公爵令息だけではなく、皇帝陛下にも目をつけられているの!? なんて疫病神なの! アンタなんて生まれてこなければよかったのに!!」
「本当よ! だから母親も呆気なく死んだのよ!!」
金切り声で叫ぶピニャータと叔母。
いやだから、皇帝陛下の手の者がそこにいるからね。それ筒抜けだからね。
「皇帝陛下にはデビュタントの夜にお会いしました。ピニャータに飲み物を髪にかけられたので綺麗にしていたら、声をかけてくださったのです」
「なっ……!!」
ピニャータは激しく動揺した。
「あ、あなた、まさか、そんなことを告げ口したの?!」
「いいえ、まさか。皇帝陛下ですよ? 恐れ多い」
嫌がらせを告げ口されたのかと青ざめるピニャータだったが、それは否定しておく。
まぁ、あのパーティー会場で情報収集されていたら、その悪事は耳に入っているだろうが。
「そんなことを知ったところで、皇帝陛下がわざわざ呼び出すか!? 何を言ったんだ!!」
「皇帝陛下とお話ししたことは、他言すべきではないかと」
「な、なんだと!? ふざけおって!!」
実の父親が皇帝陛下だって話だもの。言えるわけがない。
ここに皇帝陛下の手の者もいるし。
チラリとメイドに視線をやるが、ポーカーフェイスを保っている。プロだ。
ブチギレた伯爵は、灰皿を掴むと私に向かって投げつけたが、魔法障壁で防いだ。
あ、メイドが顔を上げたけれど、慌てて頭を下げた。動揺したな。
やれやれ。皇帝陛下は、私を過保護に監視させているらしい。
今回の招待も、どんな思惑があるのやら。
そのメイドのアシストで、真新しいドレスを着せてもらい、城へ登城した。
お留守番の義妹のもので、着せることになったら、黒板を爪で引っ掻いたような金切り声で泣きまくったので、ドン引き。伯爵夫妻が、虐げているという不名誉を受けないようにするためだと言い聞かせても、最後までぐずっていた。
謁見の間まで通されたから、どういうことだろうと不審に思った。
人払いされた広々とした謁見の間の玉座に、腰を下ろした皇帝陛下がいた。
どーんと待ち構えているから、そんな効果音がぴったり。
月光色の長髪とライトブルーの切れ目。美の暴力のような美貌のニーヴェオ皇帝陛下に挨拶。
伯爵夫妻の斜め後ろで、カーテシーをしておく。
「無駄は省こう。早速だが、先代の当主の命でレティツィア嬢を養子縁組で受け入れたそうだが、実の父親については何も聞いておらんのか?」
そんな確認のために呼び出したのか。
明白だろう。ここに呼び出されても、皇帝の実の子を虐げた事実を追及されるとは夢にも思わないから、戸惑いこそはすれど怯えていない様子からして、何も聞いていない。
でもこの人払いした様子からして、私の出生の話になる可能性は高いな……。
「はい。我が姉がどこからか植え付けられた子種。我が姉ながら、悍ましい。どこの馬の骨かもわからぬ子どもを孕むなど!」
嬉々として吐き捨てる叔父に、なーむと唱えておく。
目の前のお方こそ、そのどこの馬の骨ともわからぬ子種の主なのに。
ちょっと考えれば、皇帝陛下の前でしょうもない悪口なんて言うべきではないとわかるのに、そこのところは麻痺しているのだろう。自己防衛に私を虐げる側に回って、周囲と一緒になって悪口を並べ立てているのだから。
「そなたの姉、ココシア・タルタルーガは、我が妻によく仕えた侍女だ。そんな彼女を愚弄する言葉を実の弟であるそなたが吐くとは、姉弟仲は悪かったのか?」
冷え冷えした空気を放つ皇帝陛下の言葉に、サァーと血の気を引いた顔をした叔父。なーむ。
「い、いえっ、そのっ、ただっ私めはっ」と慌てふためく叔父は、喘ぐように言葉を詰まらせるだけ。何も言えず、パクパクしている。叔母も、顔が真っ青だ。
自分と同レベルの連中と悪口で盛り上がるテンションで、皇帝陛下に話しかけちゃダメでしょ。
「そうやって、実の父親の素性もわからないレティツィア嬢を虐げたのではあるまいな?」
怒気を放つ皇帝陛下を前にして、二人はガタガタと震えた。
「何、調べはついている。つい先日も、私からの招待状が来た際、レティツィア嬢に向かって“生まれてこなければよかったのに”という暴言も浴びせたそうだな。そして灰皿を投げつけた。それは昔から日常的に行われていたのか?」
二人が何も言わないから、畳みかけてくる皇帝陛下。
何が何だかわからず、ガタガタと震えるしかない二人がいつまでも答えないから、ライトブルーの切れ目が私に向けられた。
「どうなんだ? レティツィア嬢」
「日常的と言えるほどではありませんが、機嫌が悪そうな時には似たようなことを言われて育ってきました」
しれっと答えると、叔父達が小さく悲鳴を上げた。
「ほう……? 父親も明かせぬ事情を抱えた姪に、ずいぶんと手酷い扱いをするではないか」
「で、ですがっ……! それがなんだというのです!」
ガタガタブルブルしつつ、叔父が悲鳴じみた声を上げる。
そう。何も知らない彼らからすれば、姪の扱いをわざわざ皇帝陛下に指摘される理由はない。
はぁー、と深くため息をついた皇帝陛下。
「レティツィア嬢。見せてやれ」
「……よいのですか?」
「ああ、よい。許可する」
まさかこうなるとは。
皇帝陛下がそう言うなら、しょうがない。
私は自分の髪を一撫でして、ベージュ色に染めた髪色の魔法を解いた。
こちらを顔だけ振り返っていた叔父夫婦は絶句する。
皇帝陛下と同じ、月光色の髪。皇族の髪色を持つ私を見て、腰を抜かした。
どこぞの馬の骨が誰か、これで痛いほど理解しただろう。
一体、自分達がどんな過ちをしてしまったかも。
「これでわかったであろう? レティツィアは貴様ら如きが虐げられる存在ではない。もちろん、他言は許さん。外部に漏れた時は厳しい処罰が下ることをゆめゆめ忘れるな」
「「そ、そんなっ……!!」」
青を通り越して白い顔色になる叔父夫婦は、吹けば飛んで消えてしまいそう。
「レティツィア。皇妃が待っている。庭園でお茶をしてくるといい」
「……かしこまりました」
ええ……。
実の父親の本妻と会わないといけないの……? 想定外なんだけど。
とりあえず、髪色を染め直した私はしぶしぶ、謁見の間を退室させてもらった。廊下に待ち構えていた文官が深々と頭を下げて、皇妃様の元へと案内してくれたのでついていく。
皇帝陛下と残った叔父夫妻は、脅しという名の説明を受けるのかな。
品行方正で聡明だと評判の皇妃様は、私の境遇を心配してくれた……というところだろうか。
皇族のプライベートスペースと説明された庭園に、皇妃様がいらっしゃった。
艶やかな赤い髪を一つにまとめてカールさせた美女。ドレスは、神秘的な淡い水色。神々しい。
パラソルの下の白の丸テーブルに着いている。
そばまで歩み寄ったところで、カーテシーをした。
「レティツィア嬢。楽になさって。さぁ、座って」
「はい、皇妃様」
向かいの椅子に座らせてもらい、侍女が紅茶を淹れてくれるのを持つ。
ローズティーか。華やかな香りが漂う。
「皇帝陛下からお話は聞いております。生まれて間もなくから記憶を持っているそうですね。誰かから話を聞いたわけではないようなので、認識が誤っていないか、答え合わせをいたしましょう。ココシアの娘」
にこやかに優雅に微笑みかける皇妃様。
ええ……それ、父親の本妻とやらなきゃいけないこと? せめて実の父親にしてもらえない?
内心逃げたかったが、そう逆らえるわけもなく、しぶしぶ、私の認識のすり合わせをすることになった。
次回、皇帝視点。
明日も、朝、昼、夕方に更新します。
2024/02/26◇




