◇1 転生者は皇帝の隠し子。
2024/02/26◇
去年10月にメモったネタをうっかり、プロット立てずに勢いだけで、長編で書き上げちゃいました! うっかりうっかり!
朝、昼、夕方に一話ずつ更新する予定です!
うっかりうっかり!
城で行われる豪華絢爛なデビュタントパーティーにて。
エスコートをしてくれた再従兄が離れている隙をついて、従妹でもある義妹に赤いジュースをかけられた。
おかげでベージュ色の髪にべったりと赤がつく。これはブドウジュースね。
「あらごめんなさーい、お姉・サ・マ。手が滑っちゃってぇ」
甘ったるい声を出す亜麻色の髪をくるくるに仕上げた義妹と、同レベルの取り巻きがクスクスと面白がって笑っている。
「いいのよ、誰でも失敗はあるもの。でもデビュタントを迎えたのだから、今後は粗相して周囲にご迷惑をおかけしないように気を付けなさい」
「っ!」
こちらはにこやかに余裕綽々に言い聞かせてやるものだから、義妹は真っ赤になるし取り巻きは動揺した。
ジュースがこれ以上ドレスにかからないようにハンカチで髪を押さえながら、人気のない外へと出る。
あーあ。一回、髪にかけている魔法を解かないとだ。
一応、パーティー会場からかなり離れてきたし、周辺に人がいないことを確認したので、髪色を変えている魔法を解く。
義妹の亜麻色の髪と比べれば、くすんだようなベージュ色の髪色は、神秘的な淡い金色になる。
この帝国では、この髪色のことを『月光色の髪』と呼ぶ。
他人に見られてはいけない髪色だ。これを生まれてからずっと、私は隠し通してきた。
魔法で水を生み出して、赤いジュースを吸い取ったあと適当にその辺に落として、熱風で舞い上がらせる。
夜空にぽっかり空いた月と同じ色の髪が、ふわふわと踊った。
そこで人の気配に気付いて、振り返る。
視線の先にいたのは、私と同じ『月光色の髪』の人物。
マズいと焦った。慌てて乾かした髪に、髪色を変える魔法をかけたが、その人物は文字通りすっ飛んで来たようで、手遅れ。
徐々にベージュ色に染まる月光色の髪を、その人物は息を呑んで見ていた。
月光色の長髪をストレートに下ろした麗人と表現したくなるほどの見目麗しい男性。私と同じライトブルー色の切れ目を見開いた彼は、この帝国の君臨者。皇帝陛下だ。
そして、私の実の父親である。
その証拠に、私は彼と同じ髪色と瞳の色をしているのだ。
会うのは、赤子以来だ。あれを対面というのも難しいけれども。
こうなってしまっては慌ててもしょうがないと冷静を取り戻した私は、何食わぬ顔でカーテシーをした。
相手は皇帝陛下だ。頭を下げるべき目上の人物。例え血が繋がっていてもそうするべき。彼が認知していなくとも、だ。
「……」
「……」
こちらから話しかけられないので、私が無言を貫くと、彼も黙り込んだまま。
話しかけなくていいから、帰ってくれないかな。いや、この城自体、彼の家だけども。
「……名は?」
やがて搾り出されたような震えた低い声で尋ねられた。
「お初にお目にかかります、皇帝陛下。タルタルーガ伯爵家のレティツィアと申します」
「……レティ……ツィア」
この反応。初耳って感じだ。私のその後なんて、耳にも入れていなかったのか。
まぁ、しょうがない。事情が事情だ。気にしない。
「……」
「……」
……いい加減、カーテシーをやめていいだろうか。
また沈黙するの? 呆けるのは、私が帰ったあとでもよくない?
「皇帝陛下、御前を失礼してもよろしいでしょうか? デビュタントのパーティーに戻らねば」
「デビュタント……そうか。それで……」
私がもうデビュタントする歳だってことも、頭から追い出していたな。
「まだ待て」
ちっ。引き留められた。
「では、姿勢を正してもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。楽にしてよい」
ふぅ。やっとカーテシー状態から解放された。
背筋を伸ばして、実の父親と対面した。
美の暴力のような美貌の持ち主であるのに、皇帝陛下はなんとも深刻そうに眉間にシワを寄せていらっしゃる。
「いつからだ?」
「なんのことでしょうか?」
「いつから髪色を隠している?」
皇族の証をいつから隠しているか、か。
「生まれて間もなくです」
素直に白状する。
「先代伯爵がやったのか? 報告は来ていないが?」
咎める視線を私に向けないでほしい。
「祖父である先代伯爵様はご存じありません。髪色を隠したのは私自身です」
「何?」
「その方がこれ以上の遺恨が起きないと判断したことですが、余計でしたでしょうか?」
こてんとわざとらしく首を傾げる。
「なんだと? どういう意味だ?」
「どうして私の髪色が『月光色の髪』か……その理由は、先代の伯爵様から聞いたわけではありません。生まれて間もなく、私は意識がハッキリあったので、そばで話されたことも起こったことも、この耳で聞きこの目で見てきました。全部私の判断で隠れて生きてきましたが、何か不都合なことでもございますか?」
「っ……!」
赤子の頃から意識はあって、見てきたし聞いていたと言えば、皇帝陛下の顔色が変わった。
悪くなる様子からして、どうやら心当たりがあるようだ。
「…………赤子の頃から、髪色を偽れるほどに魔法が使えたというのか?」
「はい」
「……」
そんなバカな、という言葉を呑み込んだ様子の皇帝陛下は口に手を当てている。
まぁ、私が普通の人間だったなら、そんなことは叶わなかっただろうが。あいにく普通ではなかったのだ。
「皇帝陛下には感謝しております」
「……何?」
「ちゃんと覚えております。懇願する母に、苦悩しながらも『子どもに罪はない』と仰って、葬らないでくださったこと」
「ッ!!」
にこっと笑っておく。
あそこで私を闇に葬ることも出来たが、その通り、罪はないので生かしてもらえてよかった。転生して早々、処刑とかマジ勘弁だったもの。
「今後も隠し通しますので、ご心配は不要です。では、御前を失礼させていただいても?」
「ま、待て」
「……なんでしょうか?」
まだ何かあるのか。そろそろ再従兄が捜しに来てしまう。戻りたいんだが。
引き留める皇帝陛下は、じっと私を見つめて、何やら考え込んでしまっている。
「そなたの母親が亡くなったことは知っている。その後はどうなった? 現伯爵家の養女になったということか? 今までどんな生活を送っていた? デビュタントを迎えたのなら、今年から王都学園に入学するんだろ? 成績はどうだ? 魔法の腕前は今どのくらいなんだ?」
「……僭越ながら」
怒涛の質問攻めを受けて、冷めた気持ちで皇帝陛下を見つめ返す。
「私に興味を寄せるのは皇帝陛下の自由でしょうが、先ず皇妃様とご相談すべきでは?」
びく、と震える皇帝陛下。
マズいでしょ。溺愛している奥さんに黙って、もう一人の子どもと会ってちゃ。
「母は皇帝陛下にも罪悪感を抱えていましたが、お仕えしていた皇妃様にも合わす顔がないといつも泣いていました。その後、どうなったかは存じませんが、私もお二方の仲を拗らせる要因にはなりとうございません。お二方の平穏のために、私とは関わりにはならない方がよろしいかと。直接関わらずとも、皇帝陛下の立場なら調べもつくでしょう。このままではエスコートをしてくれた何も知らない再従兄が来てしまいます。戻ってもよろしいでしょうか?」
亡き母の無念を増長させるのは不本意だ。二人の仲が拗れる要因になるかどうかは本当のところ知らないけれど、とりあえず、今のところは解放してほしい。
催促すると、強張った皇帝陛下は少しの間黙り込んだが、しぶしぶの様子で許可を出してくれた。
「では今度こそ、御前を失礼いたします。皇帝陛下」
「……レティツィア、嬢。……またな」
「……」
それはどうだろう。
深々と頭を下げた私は最後にかけられた言葉には答えずに、パーティー会場へと戻る。
私、レティツィアは異世界転生者であるせいか、赤子の時点で物心はついていて意識もはっきりしていた。
だから複雑な境遇だということは赤子の時点で理解していたつもり。
この帝国の名は、ミネラーレ。
皇族はルーナのミドルネームを持ち、麒麟児だと幼少期から持て囃されると同時に恐れおののかれていた現皇帝陛下のニーヴェオ。
ニーヴェオ・ルーナ・ミネラーレだ。
隙のない冷徹な皇太子として君臨した彼は、幼少期から決まっていた婚約者を溺愛していた。今の皇妃である。
しかし、二人の結婚式が迫る前に、皇太子の失脚を狙った貴族が仕掛けた。
媚薬のお香に満ちた部屋に、侍女と二人きりで閉じ込めたのだ。仕組まれた罠から助け出された時には、時すでに遅し。
不幸中の幸いなのは、その侍女、つまりは私の母親が皇妃に心から仕える侍女だったこと。ここでもしも、婚約者に成り代わる令嬢があてがわれたのなら、生物学上の私の父親は剣を振るっていたに違いない。
実際、この罠を仕掛けた貴族達は粛清されたらしい。この過ちが明らかにならないように、迅速に葬られたという。
父が結婚前に私の母と関係を持ってしまったことは、身内の中でも祖父の先代伯爵のみが知らされたらしい。
その一件で、私の母が孕んだことが発覚した時は、さぞ悪い空気になったであろう。まだ生まれていないので、知りようはないが、子どもに罪はないと産み落とされることは許されたのだと思った。ちなみに生まれたのは、城の離宮だ。母はそこで匿われたらしい。そして、そこで私を産んだ。
生まれたばかりの私を腕に抱く母は、怯えていた。
『あなたは何も悪くないの』と言い聞かせて『でも、殿下は皇太子妃様を心から愛しておいでで、私を恨んでおられるかもしれない。もしもの時は……』と自分も処刑されることを恐れては『あなただけは生かしてもらわないと』とブツブツ言い続けていた。
母の支離滅裂な言葉でなんとか、事情は察することが出来たのだ。
生まれたばかりの私の髪色も気にしていて『瞳の色が同じ……。月光色の髪になったら隠しようがない……どうしましょう』と何度も言ったから、とりあえず、髪色を変えれば大丈夫なのかと解釈して魔法で変えた。
疲労困憊のOLだった異世界転生者である私は、生まれて早々のシリアスピンチにも関わらず、魔法が使えることにテンションが上がっていた。病むくらいに精神が追い込まれていた母親を尻目に、私は明るい赤子に見えただろう。ベッドから出ない母が付きっきりだったので、母が気付かない頭上で魔法の練習をしていたのだった。
やがて訪ねてきた当時皇太子だった父を見て、なるほど、と納得した。
月光色の髪とはこれのことか。つまり彼と同じだと、血の繋がりを証明してしまうからマズいのね、と。
皇族特有の魔力の質によって、髪は月光を放つような髪色になっている。だからこそ、魔力を添えて意図的に色を変えることも可能だった。イメージが大事。
処罰するために来たと思い込んだ母は、私を抱えたまま跪いて震えながら懇願した。
どうか命だけは、と。せめて何の罪もない娘だけは、と。
『……子どもに罪はない。事実を知っている敵はもういない。好きに生きろ』
見るのもつらそうに苦悩に満ちた歪んだ顔が、私の記憶にあった父親の顔だった。
もうお仕え出来ないと母は当時の皇太子妃に頭を下げて謝罪し、逃げるように実家に帰った。
実家であるタルタルーガ伯爵家は、決していい環境ではなかった。
事情を知るのは、祖父の先代タルタルーガ伯爵のみ。祖母の方は、城で誰かと関係を持って孕んでしまったふしだらな娘だと思い込み蔑んだ。
事情を話せないせいで、上手く庇えない祖父。後継者の弟夫婦にも疎まれて、精神的負担が酷かった母は数年後に他界した。
祖父は、当主命令で弟夫婦に私を養女にさせた。弟夫婦には私よりあとに生まれたが同い年の娘がいたため、反発はされたが、私を守るために強制的に養子縁組をさせた。ただ、後継者は私ではないのは絶対条件にして。そこは別に構わない。
そうして、あらゆる教育を受けさせてくれた祖父だったが、私が十歳になった年に呆気なく病死してしまった。不器用な人ではあったが、最後まで私を気にかけてくれたようで、成人するまで面倒を見ろという約束を叔父にさせて、家督を譲って息を引き取った。
それから、六年。成人まで残る二年。
私は自分で嫁ぎ先を見付けないと、そのまま追い出すと脅されている。
ちなみに、祖父が手配してくれた教育係は皆解雇されてしまい、ここずっと自主学習のみ。
それでも難なく王都学園の入学試験は首席をとったので、イージーである。流石、麒麟児の遺伝子を引き継いだ娘といったところか。頭が冴えわたっている。秀才の遺伝子、素晴らしい。
実の父親の武勇伝は何もしなくとも聞こえてきたので、調べるまでもなかった。
私の母との一件のせいか、皇帝と皇妃になった二人の間に子が恵まれたのは、私が十一歳の時だった。
今も仲睦まじくて、皇帝陛下は溺愛していると噂だから、夫婦仲の危機は乗り越えたのだろう。
今後も誰にも皇帝の隠し子だと知られることなく生きていくと思っていたのに。
まさか、その皇帝本人に見付かるとは……。
私はうっかりすぎる。