幻想少女~ファンタジーガールと言われる双子とある女王の話~
ここは、ある辺境の城。
静かな森の中に佇むその城の一室で、女王様が家臣達にある命令を下していた。
「いい事? 必ずわたくしの前に連れて参りなさい。幻想少女と呼ばれる、あの娘達を」
この世界には魔法が存在している。
しかし人が人に幻覚を見せる、などという珍しい魔法は今まで存在していなかった。
幻想少女、巷でファンタジーガールと呼ばれる若き双子姉妹。
姉はアノア、妹はジェシー。
年は十六。
この二人だけが幻覚を使える。
その例に見ない珍しい現象を、女王様はどうしても見てみたかった。
もちろん家臣のみんなだって同じ。
興味のまま喜び勇んで出て行く。
しかし一体何処に居るのか。
姉アノアは紫の長い髪を後ろで三つ編みに束ね、妹ジェシーは短いショートカットだという。
性格はアノアが控えめで大人しく、ジェシーは活発という噂だが、何せその姿を捉えた者が少なく、まるで幻のようだという事から、幻想少女、ファンタジーガールと呼ばれるようになった。
とにかく本当に居るのなら、あちこち歩き回って探すしかない。
「どんな娘達なのかしら。早く会ってみたいわ」
「吉報をお待ち下さい。女王様」
椅子に背中を任せ、女王は口角を上げ微笑んだ。
その笑顔は一瞬、何かを企んでいるような。
と、お付きの女官は感じた。
いやいや、女王様に限って……。
しかしこの女王、何処か怪しい所があるように思う。
最近特に。
「あら、どうかしたのかしら? わたくしの顔に何かついてる?」
「あ、いいえ。申し訳ございません。私の勘違いでございます」
女王に見つめられた女官は慌てて顔を伏せ、横を向いた。
◆◆◆◆◆
「ねぇ、アノア。この花はどうかな?」
「……花束? 誰に渡すの?」
「あのね、そんな小さな声で話さなくたっていいじゃない。誰にも渡さないわよ」
「でも、女王様の臣下がわたし達を探してるのを知ってる?」
「知ってるわよ。その時はまた動物の幻覚を見せて……」
「やり過ごす。でも、あんまり能力を使わない方が……。わたし達の力は……」
「そうね。気をつける」
噂になっている少女達は、本当に居た。
誰も回りに居ない花畑。
普段彼女達はフードを被って目立たないように行動している。
が旅の途中綺麗な花畑を見つけて、多少羽目を外し過ぎたようだ。
小さな五歳くらいの女の子がやって来る。
「お姉ちゃん達誰? 何してるの?」
「えっ、わたし達は……」
ジェシーは言葉に詰まる。
アノアは咄嗟にジェシーの持っていた花束を女の子に渡した。
「あんまりお花が綺麗だったから、少し集めていたのよ。良かったら、これあげるね」
「わあ、ありがとう!」
女の子は嬉しそうに母親の下へ。
アノアとジェシーはフードを被りその場を離れる。
「喜んでくれて良かったね、アノア」
「……そうね。ちょっと寄り道し過ぎたかな」
歩きながら話す。
二人の旅の目的は実は女王様の城に行く事。
なら女王様の家臣に見つかって城に招かれても良さそうなものなのに、そういう訳にはいかない。
もし捕まってしまえば、多分危険な目にあってしまう。
危険な事とは?
と、まさにその時、
「ちょっとごめんよ。今尋ねて回っているんだが」
目の前からなにやら紙を持った兵士二人が現れる。
「君たち、髪が紫色でお下げ髪と短い髪の少女達を知らないかい? ん?」
フードで隠していた顔を覗かれた。
「君たち、は……」
まずい。
アノアとジェシーはギクッとする。
兵士達は紙と彼女達の顔を見合せ、確信をついたように言った。
その紙にはイメージで描かれた、幻想少女の似顔絵が。
「まさか、幻想少女?」
刹那、ジェシーの右手が上がり、兵士二人の脳裏に幻覚が見せられる。
白い馬が駆け抜けて行った。
その馬の幻覚に兵士達が見とれている間に、アノア達は駆け足で居なくなる。
アノアがジェシーをたしなめた。
「ジェシー、兵士達に幻覚を使うのは……」
「ゴメン。わたし達の正体バレちゃったかな。でも、あの時はああするしか方法無かったの」
「……それはそうだけど」
「ああもう。早く城にたどり着かないとね」
ジェシーは前に出る。
アノアはため息をつきながら後について行った。
女王様の家臣には捕まりたくないのに、彼女達は城を目指している。
一見矛盾しているが、そこには彼女達なりの訳があった。
さっき言いかけた危険って事?
それもそうだけど、もう一つ大きな目的がある。
自分たちで城にたどり着かないと意味が無い。
そうしないと、みんなを助けられないから。
◆◆◆◆◆
「逃げられた?」
「はい。申し訳ございません女王様」
城に戻って来た兵士達が、接見の間で女王に説明していた。
「けれど、会った事は会ったのよね?」
「は、はい……」
「なら時間はかからないわ。捜索隊の数を増やすなら増やしなさい。そして、必ずわたくしの前に跪かせるのよ」
「お、御前の前に、ですか?」
「そうよ。何か?」
「い、いいえ……」
それ以上兵士達は何も言う事が出来なくなった。
以前とは迫力が違う。
凄みが増したというか。
女官が感じた事と、同じ事を思っていた。
跪かせるなんて言葉、例え国民相手でも、使う事は無かったのに。
優しい女王様だった。
気さくで誰にでも対等なお人だったのに。
どうして変わられてしまったのだろう。
「どうしたの? 早くお行きなさい」
「は、はい」
考えている暇はない。
女王に睨まれ、兵士達は一礼して部屋を後にする。
通路で女官と出会った。
女官は囁く。
「何か女王様、怖くなられましたよね。こう、どことなく雰囲気が」
「そうなんだ。俺達も感じていた。漠然と、上手く説明出来ないけど」
「あれですよね。ファンタジーガールの噂が広まってから」
「そうそう。そうなんだ」
「何か、執着してるって感じ?」
「そう」
するとつい声が大きくなっていたか、ひそひそ話が気になった女王の叫び声が響いた。
「こら。早くお行きなさいと言ったでしょう!」
「すっ、済みません!」
女官と兵士達は一目散に消えた。
◆◆◆◆◆
それから約二週間の日々が過ぎた。
アノアとジェシーの二人はどうなっただろう。
実はだいぶ城の近くまで近づいていた。
湖のほとりの小屋の中に隠れている。
女王の家臣達も相変わらず彼女達を探し回っていた。
だが見つからず、女王のイライラも限界にきている。
この頃はやたらとヒステリックな声が、城中に響くようになっていた。
「まだ見つけられないの!? まったく、わたくしの部下は能無しばかりなのね!」
「も、申し訳ありません。女王様」
「謝る言葉など何回も聞いたわ。そんな暇があったら、さっさと行って探していらっしゃい。でないと、お前もあの女官と同様、城を追い出すわよ!」
兵士は怯えた表情でペコペコしている。
彼らだって一生懸命やっているのに。
どうやら女王は女官の一人を追い出してしまったようだ。
その女官とは、以前から女王の異変を感じていたあの女官。
実は彼女はアノア達の所に居た。
女王に不信感を抱き、城を出た事で、忘れていた事を思い出したのだ。
アノアとジェシーは、本来はあの城の姫君である事を。
今城に居る女王は彼女達の母親ではなく魔女で、偽物だという事。
本物の女王は既に殺されていて、姫君達は騒乱の中逃げたという事。
魔女の術で城の中の一行が、騙されていたという事。
全てが繋がった。
仕えるべきは魔女の女王ではなく、この姫君達。
「アノア姫、ジェシー姫。お久し振りでございます。遅くなりまして申し訳ございません。ようやく魔女の呪縛から解かれ、お二人に合流する事が出来ました」
泣きながら謝罪する女官を二人は抱きしめる。
「大丈夫よ。あなたが無事で良かった。酷い事はされていないよね?」
「はい、アノア姫」
「わたし達魔女からみんなを救う為に城に向かうの。もう一度魔女に会うのは嫌だろうけど、わたし達について来てくれる?」
「もちろんでございますジェシー姫。お二人と共に戦う覚悟は持っております」
「ありがとう」
しかし何故魔女は女官を追い出しただけで、始末したりはしなかったのだろう。
まるで女官がアノア達に合流するのが分かっていたみたいに。
「罠が張り巡らされているかもね、アノア」
「……ええ。慎重に行きましょう。お母様から頂いた、この力でね」
どうやらファンタジーガールの幻覚の力は、母親である本来の女王から受け継がれた力のようだ。
「正面突破いたしますか? 姫様達」
「ええ。本当はわたし達の城だもの」
三人は小屋の中で円陣を組むと、静かに城へと向かった。
◆◆◆◆◆
「誰だ!?」
城の門番はフードを被った二人の少女と女官に気付く。
「お前は……? そうか。幻想少女を捕まえて来たのか。良くやった。これで女王様のご機嫌が直るぞ」
「捕まえて来たんじゃないわ。お二人は帰って参られたのよ」
「何?」
門番と女官の話が終わるか否かのタイミングで、アノアとジェシーはフードを取り、能力を使った。
灰色っぽく染まっていた城の外壁が、白に変わって行く。
「これがわたし達のもう一つの力。魔女によって変えられた物を本来の物に戻す力よ」
城が本来の色を取り戻した事によって、門番の記憶も甦る。
「あなた方は、姫君達!」
「ええ。あなたはここに居て。もしかすると、魔女とその配下の者が逃げて来るかもしれないから」
「かしこまりました、アノア姫」
門番は中に入って行くアノア達を見送る。
城の外壁だけじゃなく、中の様子まで彼女達の魔法で元に戻った事により、女官や兵士達には少し混乱が起きていた。
「あれ? オレ何で縄なんか持ってんだ? そうか。ファンタジーガールを捕まえに行く所だったんだ。いっ、いや。姫様達を捕まえてどうすんだ。オレのバカ」
「何一人で頭叩いてるの? って、アノア姫、ジェシー姫。お、お帰りなさいませ」
「ひっ、姫様じゃ! ああ、わしは何故大切な姫様達を忘れておったのじゃ」
だが、思い出した兵士達や女官ばかりではない。
魔女の配下の兵がアノア達を襲って来た。
「姫!」
脇からすり抜けるように駆けつけた騎士。
魔女の兵を一瞬で倒す。
「ダノン!」
ダノンと呼ばれた騎士は爽やかに振り返る。
彼は二人の姫を守る役目を負った騎士だった。
しかし女王の姿をした魔女に騙され、洗脳されていたのだ。
「申し訳ありません。僕とした事が、守るべき姫君達を忘れてしまうとは……」
ダノンは二人の姫達の足元に跪く。
「あなたはわたし達を守る他に、お母様の忠実な部下だったものね。お母様の姿をした魔女に騙されてしまったのも仕方ないわ」
「しかし……」
「わたし達は居なくなったと、聞かされていたのでしょう?」
「ええ。女王様の寝室で謎の爆発があり、女王様と一緒に居らしたあなた方は行方不明になったと。実際にはあの時女王様は、お亡くなりになっていたのですね」
「ええ。あの爆発は魔女がお母様に魔法を仕掛けた物。わたし達は、本棚の中に隠れていて助かった。けど、お母様から頂いたこの能力は、わたし達が成長しないと使えなかったの。だから幼いわたし達は、みんなを置いて行くのは辛かったけど逃げた」
「そうだったのですか……」
「でも良かったわ。こうしてまたあなたと会えて」
「はい。僕も精一杯、あなた方をお守りさせていただきます」
ダノンはアノアとジェシーの手の甲に口づけをした。
「では、行きましょう」
「はい!」
接見の間の扉を開ける。
魔女が化けた女王の回りを、女王の兵が囲んでいた。
魔女が命令する。
兵はアノア達を蔑むようにニヤリとした笑みを浮かべると、一斉に襲いかかって来た。
獲物を狙う獣みたいに。
ダッ。
ダノンが前に出る。
記憶を取り戻した他の兵士達も手伝って、魔女の兵と争いを始める。
その隙にアノア達は魔女に近づいていた。
「ようこそお帰り。我が娘達よ」
魔女の嘘に騙されたりはしない。
毅然とした態度で魔女に真相を突きつける。
「お母様は、あの時息絶えたの。あなたが放った魔法によってね」
「その事はあなたが良く知っているでしょう。兵士達を欺き、わたし達を目の前に連れて来て殺そうとしていたあなたなら。さあ、わたし達にもう一度、その正体を見せてもらうわよ」
両手を伸ばし力を魔女に注ぐ。
女王様の姿から、黒いドレスの魔女に変わった。
「フフフフフ。そう。わたくしはこの城を欲した魔女。幻想少女よ。この城に姫は要らない。要るのはこのわたくしだけ。さあ、邪魔なお前達の命、頂戴する事にしましょうか」
黒い稲妻がアノアとジェシーを吹き飛ばす。
あらかた敵の兵を片付けたダノンが駆け寄った。
「アノア姫! ジェシー姫!」
「大丈夫……よ。ダノン」
アノア達は立ち上がる。
その目はキッと魔女を睨んでいた。
「この城はわたし達とお母様の思い出が詰まった大切な城。あなたに渡す訳にはいかないわ」
「そうよ、覚悟!」
ジェシーが走る。
自分とそっくりな者の幻覚を見せられ、魔女は戸惑う。
やがてその幻覚がスライムみたいにベチョッと崩れて消えた。
「え。い、嫌ああっ!」
まるで自分が味わったような嫌悪感を覚え、魔女は叫び。
その瞬間、ダノンが魔女を倒そうと狙う。
気付いた魔女が身構えるが、肩を刺されてしまう。
「……く」
肩を押さえ前を見ると、ダノン他兵士に囲まれていた。
「……仕方ない。撤収しましょう」
残った自分の兵を連れ、魔女は逃げて行く。
女官がアノア達に言った。
「行きましたね、魔女が」
「ええ。けど、機を見てまた現れるはず。でも大丈夫。その時まで」
「私達も戦力を蓄えて、この城を守って行きましょう」
そうね、と女官の言葉に頷く。
今はこの城を再生させる時。
せっかく取り戻したんだもの。
アノアとジェシーはダノン達と共に誓った。
〈完〉