な、中身まで聖女…!
「……ふぅ」
深呼吸をし、心を落ち着けてからある扉をノックする。
そして、「は〜い」という澄んだ聞き心地の良い声と共に開かれた扉から姿を現したのは。
「お姉様!」
そう言って眩しいほど綺麗な笑みを浮かべる妹……、クララだった。
「夜分遅くにお邪魔してしまってごめんなさいね」
そんなクララに部屋に入れてもらい、椅子に座った私が開口一番そう謝罪すると、クララは私の目の前にホットミルクを差し出してくれながら言った。
「いいえ、嬉しかったわ。お姉様が私の部屋を訪れてくれるなんて、学園に来てからは初めてではない?」
「そうだったかしら?」
「えぇ! こうしていると、まるで昔に戻ったみたいね!」
そう言って笑うクララの姿に、私も自然と笑みを浮かべる。
(やはり、クララは性格も良いわよね)
これはアリシアが勝てるはずがないわ、と結論づけ、淹れてもらったホットミルクを一口含むと、まろやかな甘みと冷えていた身体がじんわりと温かくなっていくのが分かって。
「美味しい」
そう口にすると、クララは嬉しそうに笑みを浮かべてくれながら尋ねた。
「殿下にお聞きして今日来てくれることは聞いていたけれど、怪我の具合はどう?」
その言葉に、頷いて答える。
「おかげさまでこの通り、元気よ。……ただ、腕の方に少しまだ痛みがあって」
「え!?」
そう口にした途端、サッとクララの顔色が変わる。
それを見て、慌てて付け足す。
「大した痛みではないのよ。ただこう、誰かに腕を掴まれたりすると痛い程度、というか」
「誰に掴まれたの?」
「え?」
その言葉に思わず私が首を傾げれば、クララは見たことのない怖い顔をして言った。
「その言い方では、誰かに掴まれたような言い方だわ」
(び、美人の迫力がすごい……っ)
思わず圧倒されてしまいながらも、すぐに首を横に振った。
「つ、掴まれたわけではないわ。その……、そう、自分で腕を掴んだのよ。そうしたら痛みがわかった、というか」
「……本当に?」
クララからの疑いの眼差しに、こくこくと首を縦に振れば、彼女は息を吐いて「そういうことにしておくわ」と引き下がってくれた。
それを心の底からホッとする。
(危ない危ない。その腕を掴んだのは殿下ですよ、なんて間違えてでも言ってしまったら殿下の悪口になってしまうわよね。
そうなると、私はまた妹と殿下の仲を引き裂く悪役令嬢に逆戻りしてしまうわ!)
言動には十分気を付けなければ、とクララを見て思ったところで、彼女は自分の掌を見てポツリと呟いた。
「……せめて私が、風属性の魔法を使えるか、光属性の治癒魔法が完璧に扱えたら良かったのに」
「え?」
思いがけない言葉に驚けば、彼女は「だって」と私の腕を見て言った。
「私も家族と同じ風属性の魔法が使えていれば、階段から落ちる前にお姉様を助けてあげられたかもしれないし、それに、治癒魔法だっていくら珍しいと言われても、まだ治せるのはかすり傷だけなんて……、これでは全く意味がないわ!」
そう言って顔を覆うクララの姿を見て、私は思う。
(なんて良い子なの!!)
我が妹ながらとても優しく良い子だと思う。
そんな彼女を、未来で嫁にするのがあの傲慢な殿下だということが解せぬくらい、クララは完璧だ。
(さすがヒロインね!!)
文句なしのヒロインだわ、と思わずほぅっと息を吐いてから、そんな彼女に向かって諭すように言った。
「顔を上げて、クララ」
そう言った私に向かって顔を上げたクララは、目を真っ赤にして泣いていた。
そんな彼女に向かって私は微笑みを浮かべて言う。
「私の怪我を、貴女が気に病むことはないわ。
この怪我は私の自業自得なの」
アリシアに転生した私は、彼女の分まで反省し、小説とは違う未来を歩むためにここにいる。
だから。
「この傷は、私の態度を改めよという神様からのお告げなんだわ。
……今まで貴女にも、それから殿下にもご迷惑をおかけしてしまった。
これからはそれを反省して生きていこうと思うの」
「お姉様……」
クララは目を見開く。それに対し、私は笑って言った。
「何度も貴女方のお邪魔をしてしまってごめんなさい。
……羨ましかったの。私も、貴女と殿下のように誰かと仲良くしたかった。
だけど、それは我が儘だってことにも気が付いたの」
「っ、そんなこと」
「だから、今度は貴女と殿下の仲を陰ながら応援することにしたの」
「!」
「お慕いしているのでしょう? 殿下のこと」
「……っ」
クララはその言葉に、図星を突かれたように顔を赤らめる。
それを見て答えが分かったところで、私は笑みを浮かべると言った。
「頑張ってね。クララ」
「……っ、お姉様も、お慕いしている方がいるのよね?」
クララの言葉に、今度は私が虚を衝かれてしまう。
だけど、すぐに小さく笑みを浮かべ、人差し指を口に当てると言葉を返した。
「えぇ。まだ片想いだけれどね」
「!」
それに対し、クララはふるふると肩を振るわせたかと思うと、立ち上がって言った。
「お姉様なら大丈夫よ! お姉様の魅力は、その方に必ず伝わるわ!」
「そ、そうかしら?」
「えぇ! 私も応援してるわ!」
そう言い切ったクララの瞳に、嘘を吐いているような色は見えない。
(……本当に、貴女は聖女という名に相応しいヒロインだわ)
だからこそ悪役が際立ったのね、と自嘲した笑みを小さく浮かべてから、今度はにこりと笑い、口を開いた。
「えぇ、ありがとう。お互い頑張りましょうね」
こうして私の、学園生活一日目は無事に終了したのだった。