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①押しに弱いカイル様

「あれから考えたのですが」


 放課後。

 待ち合わせしていた庭園の東屋に彼は現れると、開口一番にそう話を切り出したかと思いきや、顔が見えずとも声音で分かる真顔で告げた。


「全くもって理解不能です」

「デスヨネー」


 そう言われてしまうだろうな、と自分でも思っていたため思わず棒読みになってしまう私に対し、彼は本格的に頭が痛み出したのか、こめかみを押さえて言った。


「僕を選んだのも良く分かりませんが、まずどうして一時的という単語が出てきたのか、教えて頂けますか?」

「そのことですね」


 私は神妙な顔をすると、「実は」と話を切り出した。


「私、予知夢が見えたのです」

「……予知夢?」


 出来るだけ同情を買うために頷くと、悲しげな表情を浮かべて言った。


「殿下との婚約の申し込みを受けてしまった場合、私は不幸まっしぐら、最後は超厳しい修道院に送られてしまうのです!」

「……は?」

「そのためにはまず殿下との婚約をお断りすることを選択しました! 

 しかし、それだけではバッドエンド……、いえ、不幸な結末を避けられるとは限りません。なぜなら」

「!」


 そこで言葉を切ると、彼に向かって人差し指を向けて(※良い子は真似しないで下さい)言葉を発した。


「両親から、“卒業までに婚約しなければ決めた婚約者と結婚してもらう”と言われているからです!」


 そう決め台詞のように告げた私に対し、カイル様はこめかみを押さえたまま口を開いた。


「ちょっと待ってください。色々ツッコミどころが満載なんですが……」

「大丈夫です! それは婚約した後に説明致しますから!」

「何が大丈夫なのかさっぱり分かりませんが、それがどうして一時的な婚約に繋がるのかが全く分かりませんでした。

 それと承諾なしにしれっと婚約した後とか言うのはやめて下さい」


 そう口にするカイル様に対し、私は不謹慎ながら驚いてしまう。


(あら、小説ではモブキャラと言われてしまうほど無口でマイペースな方だったのに、結構頭も切れるしお話も流暢なのね)


 やはり殿下といい、直接会ってみると違うのかしら、なんて思いながらもそんな彼の疑問に答えるべく口を開く。


「お答えしましょう! 

 私の計画では、まずカイル様と両想いになったということで婚約を取り付けます」

「設定が付け足されていませんか?」

「婚約者は好きな方と、というのが両親の口癖なのです!」

「ソウデスカ……」

「そして一年後、貴方に失恋したという名目で婚約を円満に解消、私は失恋の痛みを理由に一生独身を貫き実家で暮らす!

 これが私のハッピーエンドじゃなかった、幸福な老後プランです!!」

「待ってください!?」


 カイル様の突っ込みに目を瞬かせた私に対し、彼はその声が大きかったことに気付いたのか、コホンと咳払いしてから言った。


「それって僕から貴女をフる、ということになりませんか?」

「そうですね?」

「そうですね? ではなく! 僕は一度取り付けた婚約を解消するなどという不義理なことはしません」

「……未来の殿下には私は婚約破棄されました」

「そんな未来信じられます?」


 要するに、カイル様は私の“予知夢を見た”という話は信じていないのだろう。


(半分は本当のことなのに)


 正確には予知夢ではなく、小説の内容なのだけど。

 まあ、それはさておき。


「カイル様が不義理だと仰っても、私はそれで構いませんので大丈夫では?」

「いやいやいや、間違いなく醜聞に晒されますよ?」

「私はそれで良いと思っています。今まさに醜聞に塗れた女ですので」

「…………」


 それについては流石に庇いきれなかったのだろう。

 黙ってしまうカイル様は素直な方だと、思わず笑ってしまいながら言った。


「私は大丈夫です。それでも、もしカイル様が嫌だと仰るのならば、私が払える範囲で慰謝料をお支払い致しましょう」

「正気ですか!?」

「えぇ」


 迷いなく頷く私に対し、カイル様は今度はガックリと項垂れ、力無く口にした。


「……慰謝料は普通フッた僕が払うものですよ? それを逆に自分から支払うと言い出すなんて、貴女はぶっ飛んでる……」

「そうでしょうとも。私もそう思います」

「では、なぜ」

「言ったでしょう? 私はこのままでは不幸な結末を迎えてしまう。

 何がなんでもそれを避けるためには、カイル様にお力を貸して頂くしか他ないのです」


 カイル様は私の話を信じていない。

 当然だ、私は初対面、噂では散々に言われている悪女なのだから。

 それでも、ここで引くわけにはいかない。


(小説の内容を知っている私は、ある程度の未来は知っている)


 そしてアリシアと同じ轍を踏まないためにも、アリシアとは違う選択をこれからも慎重に選んでいかなければならないのだから。


「お願い致します、カイル様。私に出来ることならば、何でも致しますから!!」

「……何でも」

「えぇ!」


 私は聞き返された言葉に真剣に頷けば、カイル様は黙ったかと思うと……、今度は額を押さえて言った。


「……貴女の目を見る限り、嘘をつけるタイプではないとは分かりました」

「それじゃあ!」

「だからと言って、すぐにはいと返事をするわけにはいきません」

「なぜです!?」

「僕達は今日会ったばかりの初対面の間柄ですよ? 

 それに、得体の知れない女性にいきなり婚約を申し込まれたとしてそれを二つ返事で承諾していたら、僕は今頃とっくに婚約していますよ」

「……それもそうですね」


 そうだ、この人小説内でも独身だった、まあだから選んだのだけど、と結論づけると、カイル様は息を吐いて言った。


「だから、僕に貴女と婚約するメリットを考えさせてください」

「え?」

「きっとここで断っても、潔く諦めてくれるタイプではないと分かっていますから。

 時間が欲しいと言っているのです」

「……それはつまり、私との婚約を考えて下さるということでよろしいのですか!?」

「良いも何も、貴女がそれを望んだのでしょう……」


 その言葉に、私は感極まって思わずガシッと彼の右手を両手で握った。


「え、あ、あの」

「ありがとうございますっ!!! 私の未来をどうか、どうか救ってください!!!」

「それは重いです……。それに、まだ貴女を婚約者にすると決めたわけでは」

「でもご検討してくださるんですよね!?」

「……まあ、貴女の押しが強いんで」


 その言葉に心の中でメモる。


(①カイル様は、押しに弱いっと)


 帰ったら紙に書き起こさなければ! と意気込んだところで、カイル様は言いにくそうに口を開く。


「……あの」

「はい?」

「手を離していただけますか」

「あっ、ごめんなさい! つい嬉しくて」


 少しだけ近づいた実家暮らしハッピーエンドに隠しきれない笑みを溢せば、カイル様は横を向き、口にした。


「何というか、貴女は無防備な方ですね」

「はい?」


 急に何を言い出すのかと首を傾げれば、カイル様は答える。


「相手が私だったから良いものの、『何でもする』なんて軽々しく口にするものではありませんよ」

「分かりました! 気をつけます!」

「……そういうところです」


 素直すぎるのも罪なんですね、とよくわからない発言をしながら、カイル様は行ってしまう。


「えっ、待って下さい!? 一緒に帰りましょうよ!」

「嫌です」

「どうしてですか!? 私と婚約するメリットを考えるのでは!?」

「今日は疲れたので無理です。それでは」


 そう言ってこちらを振り返らずに帰っていく背中を見て、私は呟く。


「……これ、良い感じじゃない?」


 もっとこっぴどくフラれるかと思ったのに。


「〜〜〜やったあ!!!」


 その上、私の言動を忠告までしてくれるなんて、カイル様がお優しい方で良かったわ!

 と思わぬ収穫を得るという幸先の良いスタートに、一人で浮かれまくってしまうのだった。

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