アリシアの日頃の行いが悪すぎやしませんか?
(居心地が悪い……)
小さく息を吐きながら下を向く。
魔法学園は、一学年四クラスに分けられる。
その分け方は、言わずもがな魔法レベルだ。
そして、そんな私はというと……。
(堂々の最下位!!!)
正確には、下から三番目なんだけれど、この三番目というのは筆頭公爵令嬢である私を最下位にするわけにはいかない、という学園側の配慮からなるものだと自分でも分かる。
(要するに、完全なる成績操作!)
そんなお情けというかエコ贔屓というか、逆に最下位にされてしまった子に申し訳なさを覚えるが、それもこれもアリシアが努力を怠ったせいなのだ。
(確かにクララと比べられてひねくれてしまったのは分かるけど、それとこれとは別。私が転生してきたからには、最下位からは脱出してこのクラスの中でも無難な点数を取らなければ)
そして、とそっと周りに視線を向ければ、やっぱり。
(見られている……)
間違いなく遠巻きに、それからクラスメイト同士でヒソヒソと話している。
聞かなくても彼らが噂しているのは私が殿下の婚約を断ったことについてだと予想出来る、けれど。
(それを私に直接聞こうとしない素振りがもう、嫌われ者の悪女なのよね〜……)
分かってはいたことだけれど、アリシアに友人は皆無だわ。
(まあ、誰がどう見ても成績操作されている最下位の悪女の私と、常に成績トップクラスの次期聖女であるクララとではそれは妹と友人になりたいわよねぇ)
話しかけてこない方が逆に面倒でなくて良いのかしら、と結論付けたものの、さすがにこのままお昼時間という長めのお休みをここで過ごすのは居心地が悪い、と逃げるようにその場を後にした。
……そんな私を避けるように皆が大きく道を開けてくれたのが、また悲しい。
「はぁぁぁあああ」
誰もいない校舎裏まで来たところで、盛大にため息を吐く。
(ようやく息をつけたわ……)
アリシアに転生して分かったこと。
それは、想像以上に酷かったということ。
それは友人の少なさも然り、何と言っても授業の大半が何を言われているのか分からなかった。
(アリシアの記憶はきちんとあるんだもの、授業の大半が分からないということは、アリシアが授業をまともに聞いたことがなかった、ということよね……)
二週間という休みのブランクが大きかったか、と最初は思っていたのだけど、それにしてもわからなすぎるという結論に至ったのだ。
「やることが沢山あるなあ……」
とりあえず、今日は一日様子見の日にしようと考え、朝早めに食堂へ行って買ったサンドウィッチに舌鼓を打っていると。
「おい」
「!」
突如声をかけられ顔を上げれば、そこには腕組みをしてこれまた不機嫌そうに立っているウィリアム殿下の姿があった。
(ど、どうしてこんなところに?)
と戸惑いを隠せずも、慌てて立ち上がり「ごきげんよう」と淑女の礼をすれば、殿下はそんな私の手や足に視線を向け、口を開いた。
「怪我は、治ったんだな」
「は、はい、おかげさまで」
(まさか、気にして見に来てくれたの?)
なんて思ったのも束の間、彼は眉間に皺を寄せて口にする。
「クララが気にしていた。どうして彼女に報告しない」
「……クララには、手紙で報告したはずですが」
何を言っているんだ、と首を傾げる私に、彼はまた苛立ったように声を荒げる。
「どうして俺達にその姿を見せに来ないと言っているんだ!」
「……はぁ?」
目の前の彼が私を心配して言っているのではないと、そのことに気が付いた瞬間、カチンときた私は静かに怒りを爆発させた。
「私がなぜ、わざわざ出向かなければならないのです?
それに、今貴方のところにのこのこと向かえば、また私達は好き勝手噂されてしまうのですよ?
それでも良いのですか?」
「っ……」
彼がグッと押し黙る。
それを良いことに、私は拳を握って言った。
「確かに、私は貴方の目の前で階段から落ちてしまいましたが、それはあくまで私がしでかしたことであり、貴方に責任を取っていただくことではないと、以前お話し致しました。ですので、この件について……、というよりこの噂が下火になるまでは、私に近付かないで下さいませ」
「!?」
その言葉に驚く殿下に向かって、それと、と口を開いた。
「貴方が仰らなくても、クララの元には後で行く予定でおりました。
そのことは、クララにお伝えいただければ幸いです。
……私より、クララと仲が良さそうですから」
「っ!」
クララとの仲を指摘され、グッと押し黙った彼を見て、内心呆れてしまう。
(クララと仲が良いのに、陛下に命じられたからと私と婚約しようとしたのかしら?
一目瞭然なのにアリシアったら、喜んでこんなバッドエンドしか見えない婚約を原作では受け入れたなんて)
あぁ、後、と頭に血が上ってしまって忘れていたことを切り出した。
「今まで、申し訳ございませんでした」
「……えっ」
そう言って頭を下げれば、殿下が小さく驚いた声が聞こえた。
(それもそうよね、アリシアが謝ることなんて今までなかったもの)
だから私は、そんな彼女のためにも謝り、これ以上過ちを繰り返さないようにしなければならない。
そう思い、私は頭を上げ、真っ直ぐと殿下の瞳を見て告げる。
「今まで殿下にしつこく付き纏ってしまいましたが、それは私もクララのように友人が欲しかったからでした。ですが、それは相手にとって迷惑だと気付きましたので、これからは私から無闇に殿下に近付く真似は致しませんので、ご安心くださいませ」
そう一方的に唖然としている殿下に告げると、「それでは、失礼致します」と淑女の礼をする。
サンドウィッチはまだ途中だけれど、一刻も早くこの場から逃れたい。
それに。
(こんなに殿下が分からずやだとは思わなかったわ)
確かに私の今までの行いが悪かったとはいえ、一応私も筆頭公爵令嬢。そんな私に、なぜこんなにも上から目線で物を言うのか。
包み隠さないその横柄な態度は、クララに対しては絶対にしない……、それよりかクララと私の前とで態度を変えるとは、それでも王子かと自分のことを棚に上げて悪態をつきながら、その場を後にしようとしたのだが。
「……まだ何か」
その腕を掴まれ、阻まれてしまう。
そして、彼は地を這うような低い声で口にした。
「また何か、企んでいるんじゃないだろうな?」
(はぁあ?)
何しても疑われるんかい! ……いや、当たり前かと考えてから思わず腕に視線を落とす。
(……というか、痛いんだけど)
掴まれた方の腕は、左腕。
つまり、骨折した方であり、まだ強く掴まれると痛むようだ。
私は小さく息を吐くと、とりあえず腕を離してもらって、それから説得しようと口を開きかけようとしたその時。
「静かにして頂けませんか」
「「!?」」
その美声に、弾かれたように二人で顔を上げる。
そしてそちらを見れば、そこには相変わらず顔の半分以上が隠れている彼の姿があった。
「カ、カイル様!?」
私は殿下の手が緩んだ隙にその腕から逃れ、カイル様に駆け寄ろうとするけれど、彼はそんな私の方は見向きもせずに殿下に向かって言った。
「喧嘩なら、他所でやって下さい。煩いので」
「なっ……!」
まさか煩いと言われるとは思わなかったのだろう、殿下は顔を赤くしている。
それが怒りに変わる前に、私は慌ててカイル様の手を引くと、「ごきげんよう!」と一言殿下に向かって告げてから、一目散に走り出したのだった。