優良物件(婚約者候補)との出会い
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「わぁ……」
私は思わず目の前に聳え立つ王城……ではなく、魔法学園を見上げてあんぐりと口を開けた。
シェフィールド王立魔法学園の在校生は600名ほど、そして、広大な敷地を所有しており、その名の通り王族が運営する。
そう小説には描かれていたけれど……。
「何この規模感! 小説に描かれていた説明の裏に、こんな世界が広がっていたなんて……っ」
思わずそう声を出してしまいながら、ハッとして慌てて口を押さえ、周りを見渡す。
そして、周りに誰もいないことを確認し、ホッと息を吐いた。
(危ない危ない、悪女だけでなく変人扱いまでされかねないもの)
落ち着かなければ、と慌てて深呼吸をするけれど、鼓動は早まるばかり。
無理もないと思う、だって。
(これはいわゆる聖地巡礼!)
まさか大好きな小説の中の世界に転生するとは思ってもみなかったけれど、聖地巡礼が出来るのはテンションが上がるわよね!
(ま、転生先は悪役令嬢ですけど)
そう一瞬白目になりかけるも、慌てて首を横に振り、よしと気合を入れた。
「そうよ、悪役令嬢に転生してしまった今私に出来ることは、なるべく目立たないようにすること、それからあの方に婚約者になってもらうこと!」
だからこうして、まだ誰もいない早朝に登校したのだから。
「本来の目的を忘れてはいけないわよ、アリシア!」
そう自分の名前を呼び、意気揚々と学園の中へと足を進めたのだった。
早朝に学園を訪れた理由。
それは、“彼”に会うためである。
その彼とは、言わずもがな。
「……いた!」
小説通り!と小さくガッツポーズをし、そんな彼を木の影からこっそりと見つめる。
そしてまずは、彼の様子を見がてらプロフィールを頭の中で思い起こそうとする、が。
その前に彼がクルッと後ろを振り返った。
「!」
そして、間違いなくこちらを見つめている……はずだ。
だって。
(っ、やっぱり瞳だけでなく鼻すらも見えないっ!!)
彼の特徴は長い前髪にある。そしてその瞳も鼻も前髪に隠れてしまっていた。
だけど、その髪色とこうして朝早くからここにいることを加味して、彼で間違いないだろうと判断した私は、彼の元へ歩み寄り声をかける。
「突然お邪魔してしまってごめんなさい」
「……」
黙り込んでいる上、目も隠れているから彼が何を考えているか分からない。
けれど、私はここで引くわけにはいかないと、意を決して口を開いた。
「初めまして。私はアリシア・バレッタと申します。
貴方は、カイル・マクレーン様でお間違いないでしょうか?」
カイル・マクレーン。
マクレーン辺境伯家の三男であり、私達より一つ年下の彼は、“たがため”ではメインキャラクターのはずなのに何故か影の薄い……、というよりは協調性のないキャラだった。
長い紺色の前髪に常に顔を覆われている彼のその瞳の色も、その素顔さえも知る者は学園内にはいないとも。
その上無気力無口で登場回数も少ないときた彼は、本来なら名もなきモブキャラと言われた方がしっくりくるけれど、それでもなぜか勇者パーティーに選ばれた。
それは正真正銘……。
(優良物件!!)
というのも、彼だけはなぜか結婚せず、独身を選んだのだ。
ということは。
(女性同士の争いに巻き込まれる心配はない!)
そうして悪役令嬢に転生してしまった私は、外見も中身もミステリアスだけど、それでも優良物件だと彼に目をつけたというわけだ。
「……」
彼からの返答はない。
それにより確信が疑問に変わり焦る。
(あ、あれ!? 人違いかしら!? でもこんなに特徴的な方はあの方で間違いはないはず)
笑みを浮かべながら冷や汗をかく私に、初めて彼が口を開く。
「……そう、ですけど」
「!!」
その声は何とも澄んだ、中性的な声をしていて。
(かっ、カイル様ってこんなに可愛らしい声をしていたの!?)
小説は乙女ゲームとは違って声を当てられていないから、自分で脳内再生しながら読んでいたけれど、これは良い意味で裏切られたわ!
と思わず胸を押さえる私に、目の前のカイル様は首を傾げる。
瞳が見えなくても、怪訝な目を向けられていることは何となく分かって、軽く咳払いをして話を切り出す。
「単刀直入に言わせて頂きます」
私はそこで言葉を切ると、彼の瞳があるだろうと思われるその前髪の奥に向けて、言葉を発した。
「私と婚約していただきたいのです!」
「お断りします」
ズバッ。
無気力な彼の口から、間髪を容れずに返されたその言葉は予想していたものではあったものの、何故だか物凄いダメージを喰らった。
(あれ、これってデジャヴ……)
なんて現実逃避をしている間に、こんな面倒な女とは関わりたくないオーラ満載で、カイル様はこの場を後にしようとする。
「ちょ、ちょちょちょっとお待ちください!」
そんな彼の上着をギュッと握り、そんな彼を制す。
そして、ゆっくりとこれまた面倒くさそうに振り返る彼に対し、私は満面の笑みで告げた。
「私、また貴方に婚約を申し込みにきますから! ご検討、よろしくお願いいたしますね!」
「えっ……」
今度は私が踵を返し、逃げるようにその場を後にする。
(うん、今日はこれで良いわ)
まずは私の名を覚えてもらうために、初対面で強烈な印象を与える。
それからゆっくりと、私のことを知ってもらう。
それが半年という期限を課せられた、私の作戦だ。
(好きになってもらうのではなく、一時的に婚約を認めてもらうための信頼を得ることが目的なんだもの、恋愛よりはハードルが下だと思うの)
それでも焦らず、ゆっくりと彼の心に近付けたら良いと思う。
そう計画通りに事が運んだと満足していた私は、これによって彼がドン引きしていたことになど無論、気が付くことはなかった。
五話にしてようやく婚約者候補様を出せました…!(笑)