バッドエンド回避のため、婚約者は打算で選んだ…はずでした。
勇者パーティーが帰還してから二週間後。
「アリシア」
「っ……」
「アリシア」
「っ、わざとやっているでしょう!?」
予習をしている私の横で、にこにことしながら名前を呼ぶのは、言わずもがなカイル様で。
カイル様は、くるくると私の髪を指先で弄びながら拗ねたように口を開く。
「だって、構ってくれないじゃないですか」
「お、お願いだから勉強させて!!」
「嫌です。それでは僕がアリシアと同じ学年になって学園に通っている意味がないので」
「そもそも貴方は学園に通わなくて良いのでは!?」
その言葉でカイル様はシュンと、まるで子犬のような瞳で私を見つめて言う。
「……僕がそんなに邪魔ですか?」
「……っ」
(どうしてこんなことになってしまったの!?)
遡ること二週間前、私達の目の前に姿を現した勇者パーティー(カイル様以外)は、魔王を封印……いや、正確には下僕にした当時の経緯を語ってくれた。
その情報によると、やはり魔王はカイル様お一人で封印したのだとか(クララ談)。
また、魔王を討伐する道中に現れた魔物も、ほぼすべてカイル様が一掃していたため、その他のメンバーの仕事がほぼ皆無に等しかったのだとか(殿下談)。
真相を本人に聞いてみたところ、「早くアリシア様の元へ帰りたかったのです」と満面の笑みで言われたことは、申し訳ないけれど顔を赤くしたら良いのか青くしたら良いのか分からなかった。
そして、その話は私となぜだかげんなりとしている様子の勇者パーティー一行だけに止めておくことにした。
また、一連のカイル様の働き全てが、そのまま国王陛下に告げられたわけではなかった。
その理由は、勇者パーティーに対してカイル様がお願い……いや、良い笑顔で脅したからだ。
『僕の働きではなく、皆の働きで魔王をこの通り封印した。そうですよね?』
自分だけではなく皆の手柄だ(カイル様談)。
あくまでそう言い切るカイル様の声と表情を、私だけでなく勇者パーティーが一生忘れることはないだろう。
そんなこんなで、世間一般では勇者パーティーが魔王を封印し、無事に帰還したということで、巷ではお祭り騒ぎになっているらしいのだけど……。
「勿体無い……」
「何がです?」
思わず顔を覆った私の横で、分からないと首を傾げるカイル様に向かって声を上げた。
「国王陛下から尋ねられた褒章に、まさか、わ……」
「わ?」
「“私が欲しい”なんて言うとは誰も思わないでしょう!!!」
そう、魔王討伐を無事に終えた勇者パーティーは、小説通り国王陛下に直接賛辞を受け、望みを尋ねられる。
そんな場に、カイル様の婚約者だからとなぜか呼ばれた時から、嫌な予感はしていたが。
「皆が物や地位を希望する中で、ただお一人、カイル様だけが恥ずかしい顔一つせず“私”だなんて言うとは、誰が想像していたと思います!?」
「恥ずかしくも何ともないですよ。それが本心ですから」
「〜〜〜っ」
もう本当にこの人は。
再度顔を覆った手を、カイル様に優しく握られる。
驚き彼を見やった私の顔を覗き込んでカイル様は言った。
「それも貴女が悪いんですよ? 婚約は、文字通り結婚の約束だというのに、簡単に反故にしようとしたのですから」
「で、でも! カイル様は自分から言っていたではないですか!
“一時的でも何でも良いから、貴女の婚約者になりたい”って!」
その言葉に、今度はカイル様が息を呑む。
そして、言いにくそうに口を開いた。
「あれは……、貴女の気持ちが、まだよく分からなかったからです」
「え……」
思いがけない言葉に驚いている私に、カイル様は言葉を続けた。
「僕に好意を向けてくれているのではないかと思っていましたが、貴女にその自覚はなさそうだったので。
でもそれを待っていたら、横から誰かに掻っ攫われてしまうのではないかと……、そう思ったので、一時的でも何でも良いからとりあえず貴女と婚約して、それから僕を好きになってもらおうと、思っていました」
「……!?」
初めて聞く言葉の数々に、顔が赤くなるのが分かって。
そんな私を見て、カイル様は私の頬に手を伸ばして触れてから言う。
「そんな顔をしないでください。
……そういう可愛い顔をするから、気が気でなくなるのですから」
その言葉に驚き、まるで時が止まったかのように感じられ、カイル様のオッドアイの瞳から目が離せないでいた、その時。
「目の毒だ。よそでやれ」
そんな声が降って来たことによって、ハッと我に帰る。
(っ、そ、そうだったわ、ここは教室……!)
周りを見渡せば、皆気まずそうに一様に視線を逸らしているけれど、その顔はどこか赤くて。
絶対に見られていた……! と穴があったら入りたいと思う私の横で、カイル様は苛立ちを隠さずに言った。
「嫉妬は見苦しいですよ、殿下」
先程の物言いに対しそう言い放つカイル様の姿に、殿下とカイル様の間でバチバチと火花が散っている、ように見える。
「誰が嫉妬だ? あ?」
「好きな人から意識してもらえないなんて、お可哀想に。僕には到底真似出来ませんね」
「婚約者がいるからと卒業命令が出てもなお、図々しく飛び級で婚約者と同じ学年に居座る女々しいやつに言われたくない」
「そうですよね、すみません。殿下にはそんなお相手がいないのに、目の前で婚約者とイチャイチャしてしまって。
……あ、間違えました。それ以前に好きな人からは男として見てもらえていないのですもんね?」
殿下とカイル様は、第一印象通り相変わらず仲が悪い。
私はそれを、二週間が経った今でもハラハラとして見ているけれど、カイル様曰く“殿下を男として意識していない”クララは、慣れた様子で二人のやりとりを華麗にスルーして私に話しかけた。
「お姉様、良かったわね!」
「な、何が?」
「マクレーン様と同じお教室で学ぶことが出来て!」
殿下とクララの言う通り、カイル様には本来学園卒業命令が出ていた。
それは、カイル様の魔力量と知識量が、学園で教える範疇を既に超えていたからだ。
しかし、カイル様は命令に猛反発、それを受けた学園長が意図を汲み、飛び級という形に収めた結果、カイル様は私と同じ学年に。
そして……。
「ぶっちぎりの一位で在籍だものね〜……」
帰還三日後から始まった試験に、勇者パーティーの内カイル様だけがしれっと参加し、一位を掻っ攫っていったのだ。
(カイル様がいない時は私が一位だったけれど、そんなもの比べ物にならなかったわ)
試験四日目の魔法実技試験を見たら、悔しいと思う余地はない。
同じ風属性一つとっても、威力の違いは歴然だろう。
要するに、完敗だった。
「だから私も、頑張らなくてはと思えるのよ!」
そう拳を握り主張すると、クララは苦笑いして言う。
「マクレーン様の魔法を見てそう思えるのはお姉様だけよ。
勇者パーティーは全員引いていたわ。もちろん私も。
……それにしても、百年に一人のはずの光属性が、マクレーン様にも現れた上、お姉様の腕まで完璧に治してしまうとか……、ほんっとうに悔しいわ!
私が一番最初に治したいと思っていたのに!!」
キィーッと怒るクララに向かって、私は笑みを溢す。
「ありがとう、クララ。ではカイル様を見習って一緒に頑張りましょうね」
「……えぇ! やっぱり私も、負けていられないわ!」
そう口にしたクララと二人、顔を見合わせ笑っていると。
「何の話をされているんです?」
「!」
私を背後から抱きしめ、拗ねた口調で尋ねたのは無論カイル様で。
妹に対しても嫉妬していると思わず笑みを溢しながらも、説明しようと口を開きかける……より先に、クララが答えた。
「それは私とお姉様の秘密よ。ね、お姉様!」
「え!?」
クララにそう先に言われてしまい、両者の間に立たされた私が困っていると。
「……行きますよ」
「え!?」
そう言って、怒った様子のカイル様に腕を引かれ、席を立つとそのままカイル様に連行される。
「ちょ、ちょっと!? これから授業なんですけど!?」
「大丈夫です。……後できちんと、僕が手取り足取り教えて差し上げますから」
「〜〜〜っ」
そう言ったカイル様の言葉が、妙に艶めかしく聞こえてしまって。
慌てて助けを求めて後ろを振り返ったクララと目が合ったけれど、彼女はウインクをして手を振った。
……やはり、クララは策士だったのね。
そうして連れて来られた場所は、言わずもがな私とカイル様が出会った場所……、校舎裏にある練習場だった。
そして、開口一番カイル様は口にした。
「それで? 聖女とどんな話をされていたんです?」
その言葉に苦笑いして言った。
「違いますよね? そんなことを聞くためにここへ連れて来たのではなく、それを口実にサボりたかっただけでしょう?」
私の指摘に、カイル様は少し目を見開いてから口にした。
「半分正解、と言ったところでしょうか」
「あら、では正解は?」
そう尋ねた私に、今度は悪戯っぽく笑って言った。
「貴女と一緒にサボりたかった、です」
「わ!?」
そう口にした瞬間、カイル様は私を後ろから抱きしめ、その場に座り込んだ。
そして、私の肩に顔を埋め甘えてくるカイル様を見て思わず笑ってしまっていると、カイル様は拗ねたように言う。
「本当はこんなはずではなかったんですよ?
同じ学年になれば、貴女とずっと一緒にいられると思ったんですから」
「いや、十分ずっと一緒にいると思いますよ?
それこそ、殿下しか私達に抗議しないだけで、皆見て見ぬふりをしてくれているんです」
「逆にそれで丁度良いですよ。貴女は僕の婚約者だと、見せつけられますから」
「……カイル様の婚約者という時点で、誰も喧嘩を売ろうとする人はいませんよ」
そんな会話をしながら、心の中でメモをする。
(100.カイル様は嫉妬深い)
やった、カイル様の魅力記念すべき100個目だわ、と小さく笑った私に気が付いたカイル様が、不意に私の身体に腕を回して……。
「きゃっ!?」
座っている状態で横抱きにされる。
あろうことか彼の脚に私が乗っている状態になってしまった挙句、その顔の近さに驚いて言葉を失っていると、カイル様は言った。
「随分と余裕ですね?」
「え、ええ?」
「僕といながら考え事ですか?」
「……貴方のことを、考えていたんです」
「っ!」
その言葉に、カイル様は息を呑む。
私は嘘偽りなく思っていたことを口にした。
「この場所で特訓するカイル様と出会ったことで、全てが始まったのですよね」
前世の記憶……、バッドエンドを迎える悪役令嬢に転生してしまったことに気が付いた私は、カイル様を打算で選び、婚約を申し込んだ。
今思えば無謀だし、まさかそんな彼がこれほど大切で、最愛の人になるとは思いもしなかった。
そしてそれは、これから先もずっと。
「カイル様……、いえ」
私はカイル様を見つめ、微笑む。
そして。
「カイル」
「……っ!」
そう愛しい人の名前を呼び、その唇に触れるだけのキスをすれば、彼の顔が赤く染まる。
(私のために努力をしてチート同然にまで強くなった、原作ガン無視、お揃いの色のオッドアイを持つ、打算で選んだはずの婚約者である貴方のことが)
「大好きです!!!」
Fin
これにてアリシアとカイルの物語は終了です!
楽しんでお読みいただけましたでしょうか?
早々にストックが切れ、半月以上の更新をその日のうちに行っていましたが、無事に毎日更新することができ、完結することができたのも、お読み下さった皆様のおかげです!
ありがとうございます!
今回はラブコメを、と思い、アリシアは悪役令嬢にそぐわない天真爛漫な女の子を、カイルはそんな彼女に出会ったことで運命を大きく変えることが出来たチートキャラ(好きな子のために頑張る男の子)を目指して描きました。
カイルのチートキャラは、執筆していくごとに作者自身も「怖…」と我ながら恐れ慄きつつも、楽しく描いておりました(笑)
また、二人の対照的な性格と夫婦漫才風なコメディに、クスッと笑えてしまうような、そんな物語になっていたら嬉しく思います。
長くなりましたが、最後までお読みいただき本当にありがとうございました!
また、お手隙の際に、作者の他作品をお読みいただけたら本当に嬉しいです。
2023.6.10.




