悪役令嬢から自己中に転身します!
そうして貴族名簿を見ている内に、うーむと思わず唸った。
「確かに血筋としては良い名家が揃ってはいるけれど、私は彼らのことを誰一人として把握していないのよね」
貴族名簿のおかげである程度の名前と顔は一致するものの、さすがに性格や魔力量までは分からない。
筆頭公爵家という私が置かれた身分からして、それに釣り合う人でないと婚約が認められるかも分からないのだ。
「まあ、仮に婚約を反対されたとしても、ゴリ押しでどうにかなったとして……、それでも性格はやっぱり良い方が良いもの」
性格に難あり、とかでは後々面倒なことになる。
それも避けたい。
となると、必然的に婚約者候補として有力なのは……。
「やっぱり、“たがため”に出てきた主要男性キャラに絞られるのよね」
そう言って、“たがため”設定を書き出したメモを横目に呟く。
“たがため”において主要人物は決まっている。
ヒロインとヒーローを含めた彼らは、学園生活最後の年を魔王退治に費やすことになる。
魔王とは、この世界を脅かし、恐怖に陥れるという魔界を牛耳る支配者であり、その年は百年に一度、魔界と人間界との結界が薄れるため、ヒロインとヒーローを含めた勇者パーティーが結成され、魔王を再封印しに行く必要があるのだ。
(王族と貴族全員がもうすぐその節目の年だということを知っている。ただし、光属性であるクララ以外のパーティーの編成を知っているのは、前世の記憶がある私しかいない)
つまり、前世持ちの私は婚約者選びに有利な状況にいるのだ。
(まあ、悪役令嬢であり悪い噂しかない私を婚約者にするという方が、果たしてパーティー内にいるかなんだけど)
そこは一時的だからと認めてもらうしかないわよね、と自分に言い聞かせ、パーティー編成の人物を見て気が付いた。
「……って、皆魔王封印が終わったら結婚してるじゃん!」
ヒーロー・ヒロインカップルを始め、皆その後各々結婚したという描写があった。
チラリと最後におまけのように書かれていた設定だけど、間違いない。
「あぁ、どうしよう。またそこから誰かを選んでしまったら、その時点でヒロインカップルと同じように邪魔者扱いをされ、バッドエンドの二の舞になりかねないわ……!」
そう思わず頭を抱えたけれど、再度設定資料に向けた視線の先にいた人物の名前に釘付けになる。
「っ、そうよ、この人がいたじゃない! この人なら良さそう!」
その名を見て思わず歓喜し、手を叩いた私はすっかり忘れていた。
腕の痛みは、まだ全然完治していないことを。
そんなこんなで、慣れない痛みと共に生きる生活にも慣れてきたと思ったら、あっという間に回復してしまった。
さすがは魔法世界、魔法によって自然治癒を促したおかげもあって治りが早い。
(そして、そんな間接的な魔法ではなく、即効で完全に治癒出来るのは光属性であり聖女となるヒロイン……、クララだけなのよね)
クララの光属性はまだ覚醒していないから、傷や病気を治すほどの強い力を発揮出来ていない。
けれど、百年に一度現れる光属性は、必然的に勇者パーティーにおいて重要な役割を担う次期聖女として崇められるから、そんな彼女は皆の憧れの的なのだ。
とまあそんなことはさておき、二週間ほど休んだおかげですっかり骨折した腕と足をぶん回して良いほどに完治した私は、両親の元に呼ばれた。
「さて、聞かせてくれるかな」
「貴女は、どんな方をお慕いしているの?」
そう切り出した二人の顔は、嬉しさ半分、心配半分と言ったところだろうか。
無理もない、魔力出来損ないの私の幸せは、結婚生活で決まるだろうと二人は思っているから。
だけど。
(私の幸せは、結婚することなどではないわ)
そのために、今この場ですべきこと。それは。
「ごめんなさい、お父様、お母様」
「「……え!?」」
私は二人に向かって頭を下げた。
それにより困惑する二人を前に、私は事前に何度もシミュレーションをした“演技”を開始する。
「私、好きな人を口にするのは、まだ恥ずかしいの」
「「!」」
そう言って何度も練習した、恥ずかしがって見える完璧な角度……、俯き加減で伏し目がちになりながら訴える。
「まだ、この気持ちをどなたかに言ったことはなくて……、もし出来るのなら、初めては、好きな人に直接言いたいと思ったの」
そう敢えて目線を合わせずにそう告げると、両親は慌てたように言う。
「で、でも、もしそのお相手方に断られたら、婚約できないんだぞっ?」
「そうよ! 私達に言ってくれれば、その方との婚約を取り付けることが出来るかもしれないわ」
そう言ってくれたお母様の提案は、正式に婚約を取り付けるのにはうってつけだ。
何せ、筆頭公爵家という権力の名の下なら尚更。
だけどそれは、あくまで正式な婚約者を決めようとする時。
私に必要なのは、正式な婚約者などではなく、一時的に婚約し、その後円満に解消してくれる方との婚約なのだ。
だから。
「ありがとうございます、お父様、お母様。
ですが、これは私の問題です。……出来るのならば、お慕いする者同士で婚約し、そして結婚したい。そのためには、決してお慕いしている方に強制的な婚約を望みたくはないのです」
「アリシア……」
そう名を呼び、お父様は肩を震わせたなと思うと。
「わっ!?」
突然泣き出した。
それに対してお母様があらあらと、ハンカチを取り出してその涙を拭ってあげる姿に唖然としていると、お父様は口を開いた。
「まだこんなに小さいと思っていたアリシアが、健気で立派で美しい淑女に成長していたなんて……っ」
お父様、さすがに人差し指と親指でつまめるほど小さくはありませんよ?
「親の知らぬ間の学園生活で、こんなにも成長していたのね」
今度はそうお母様が告げると、何とも言えない温かな眼差しを向けられ、途端に居心地が悪くなる。
(ごめんなさい。残念ながら立派に成長したのではなく、前世の小説のシナリオをぶち壊すために役を放棄し一時的な婚約を交わした後解消して一生親の脛を齧って暮らそうと思っているただの自己中元悪役令嬢ですっ!)
そう脳内で早口スライディング土下座を決め込んでから、これも私の幸せのためよと自分に言い聞かせ、代わりに口を開いた。
「もう少しだけ、お時間を下さい。出来れば半年ほどお時間を頂ければ、その間に努力いたします!」
今は物語の中盤、私は15歳の誕生日を一ヶ月前に迎えたばかりだ。
それから一年を待たずして、あっという間に勇者パーティーが結成し、魔王封印へと一行は向かう。
(つまり、パーティー内にいるあの方との婚約を取り付けるためには、彼らが出発する前までが期限というわけ)
勇者パーティーに任命されるということは、それだけの逸材。
(いわゆる優良物件!)
私はその勇者パーティー結成前に優良物件を捕まえて、将来有望な彼との一時的な婚約者という名目が欲しい。
そして、勇者パーティーとして勝利を収めて帰ってきたら最後、皆が皆その結婚相手の座を奪うために血みどろの戦いが待っているだろうから、それまでには婚約を円満に解消することまでが目標!
そうして失恋という名の下に親の庇護下に入り、生涯安泰生活を送るのよー!!
そんな私の脳内完璧プランを立てている間に、見事無事両親の同情を得た私は、バッドエンド回避のためいざ学園生活へと戻るのだった。