カイル様の本音
「婚約は解消しません!!!!!!」
その必死さと迫力に圧倒された私は、思わず息を呑んだけれど……。
「ちょ……、ちょっっっっっっっっっとお待ちください!?!?」
「待てません!!!」
「いや待って!?!?!? 本当に!!!!!」
側から見たら何だこの茶番は状態だけど、誰か同情してほしい。
だって……。
「あっ、貴方は一年後に帰ってくるはずでしょう!?!?」
パニックのまま叫ぶけれど、それは前の彼も同じようで(ただし別の意味で)。
「そんなの誰が決めたんです!? というか貴女に僕を責める権利はないと思います!!
なぜに婚約解消なんて言い出したんです!?
……まさか、一年後に婚約解消とかあのふざけたやつを律儀に守ろうとしているのではないでしょうね!?」
「そのまさかですが!?」
「何てこと……っ」
「!?」
肩に置かれた手が力無くズルズルと私の腕を掴む形で落ちていく。
そして、そのまま膝から崩れ落ちてしまった彼に、私は尋ねた。
「あの……、大丈夫です?」
その言葉に、彼はオッドアイの瞳で私をキッと睨むように見上げる。
「これが大丈夫に見えるとでも?」
「あ、あはは……すみません」
「はぁーーーーー…………」
カイル様は盛大にため息を吐き、ガシガシと乱暴に髪をかいた。
「あ、あの、そんなに髪を乱暴に扱ったら崩れてしまいますよ?」
「誰のせいだと?」
「ワ、ワタシミタイデス……」
「私みたいなのではなく貴女ですよ!!」
カイル様は珍しく苛立ったように口にしたけど、当たり散らすのは良くないと思ったのか、もう一度深呼吸をして少しだけ声のトーンを落として言った。
「……貴女って、残酷な方なんですね」
「え、えぇ?」
「知りませんでした」
「っ!」
そう言うや否や、不意に立ち上がると、私に迫り寄ってくる。
逃れようとしたけれど、場所が悪かった。
それは、後ずさったことで丁度背後にあった木に背中が当たってしまったからだ。
(っ、逃げ場が……!)
慌てて横に逃れようとした刹那、トンと目の前に現れた腕に阻まれる。
言わずもがな、カイル様の腕に恐る恐る彼を見上げれば、間近に迫っていた美しいお顔にヒュッと息を呑む。
そんな私に、カイル様はにこりと笑って言った(ただしオッドアイの瞳は笑っていない)。
「なせ逃げるんです?」
「お、追いかけてくるからです!」
「なら、覚えておいた方が良いですよ」
「!」
彼の顔が不意に近付く。
思わず目を瞑った私の耳元で、彼は囁いた。
「僕は逃げられたら追いかける性分なのです。
……それも、貴女限定みたいだ」
「ひぇっ……」
耳元で擽るようなその声と言葉に、自分でも情けない声が出る。
(ちょっと色々と解釈違いなんですけどっ!?)
そうして今度は正面から見つめられて、自分でものぼせるくらい顔が赤くなっているのが分かって。
その顔を見たカイル様は、ようやく小さく笑ってから拗ねたように口にした。
「……貴女が悪いんですよ? そうやって思わせぶりな態度を取るから、僕は翻弄されてしまう。
それに、まさか貴女が約束を破るとは思いませんでしたし」
「約束? 破っていませんよね?」
婚約解消のことかしら? と首を傾げた私に対し、彼は即座に口を開いた。
「破ったでしょう。……僕の帰りを待つと、言ってくれたではないですか。
あの言葉は嘘だったんですか?」
「う、嘘ではありませんよ!? ちゃんと待っていましたし、ご無事を誰よりも祈っておりました!!」
「その言葉を婚約解消を申し込まれた後に言われても信用出来ないのですが」
「……っ」
その言葉に息を呑めば、カイル様もまた傷付いたような表情をしているのが分かって。
こんな顔にさせてしまったのは私なんだとそう思うと、申し訳なさでいっぱいになる。
「……ごめんなさい。でも、これがお互いに幸せになれる方法だと、そう思ったのです」
「どうして」
カイル様の言葉に息を吸うと、言葉を発した。
「カイル様の、足枷にはなりたくないのです」
「それは、どういうことです?」
「……“王立魔法研究者”」
その単語に、カイル様の瞳が見開かれる。
「どうしてそれを」
「カイル様は、有名人ですから。
……それに、その職はカイル様にとって、幼い頃からの夢、なんですよね。
私は、カイル様の夢を全力で応援したい」
「!」
横にあったカイル様の手を、両手で包むように握る。
そして、その手を握って笑みを浮かべた。
「だから、その夢に私が邪魔をしているというのなら、私は身を引くべきです。だから」
「余計なお世話です」
「!」
カイル様から冷たく言い放たれた言葉に、不意に泣きそうになる。
カイル様はそれに気付き、呆れたように口を開いた。
「……そんな顔をしてまで、なぜ僕から離れようとするのです」
「だから、お互いの、未来のために」
「では貴女が思い描く未来に、僕はいらないと?」
「……えっ」
思いがけない言葉に狼狽える。
(カイル様がいない、私の未来……)
「婚約者でなくなれば、僕と貴方は赤の他人同然ですが?」
「っ、で、でも、友人なら良いのでは」
「僕は貴女と友人に戻るのは嫌です。というか無理です」
「……っ」
その言葉に、耐えきれず涙を溢してしまえば、カイル様はその涙を指先で拭う……かと思いきや。
「……っ!?!?」
不意に顔が近付いたかと思うと、その涙に口付けを落とされる。
驚きのあまり涙が引っ込む私に、カイル様は困ったように笑って言った。
「……近くにいればこうやって、手を出してしまいますから。
それはさすがに友人とは呼べませんよね?」
「へ、あ……」
「ちなみに、想いの重さは雲泥の差があったとしても、貴女も僕と同じ気持ちだと思っていました。
だから婚約解消という手紙に書かれた文面を読んだ時は、我が目を疑ったのですよ?
……まあ確かに、この気持ちを伝えずともいくら鈍感な貴女でも、行動で示していれば分かるだろうと思っていた僕が悪いんですが」
「……えっ、あ、え……?」
次から次へと展開されるカイル様の言葉の数々に、情けない声が出るばかりで。その上、全て自分に都合の良いように変換されてしまって困る。
そう思っていたけれど……、それは間違いなどではないのだと気が付いたのは、カイル様に真っ直ぐと告げられた言葉だった。
「……無事に魔王を討伐してから、この気持ちを伝えようと思っていました」
「っ!」
そう言うと、私が握っていた両手を、逆に、彼の両手に包み込まれるように握られて。
そして、彼はその瞳に私を映し、また瞳の奥に確かな熱を宿しながら……、はっきりと言葉を紡いだ。
「アリシア。貴方のことが好きです」




