!?(※驚いています)
『貴方がいたからです』
学園長とお話しした翌日も、学園長の言葉が頭から離れなかった。
(カイル様は、私のために強くなったって……)
まさか、学園長にもそう説明しているとは思ってもみなくて。
それを思う度、トクンと心臓が高鳴る。
もはやこの気持ちは、嘘をつけないところまで来てしまったらしいと、苦笑しながら学園の廊下を歩いている時だった。
「ねえ、聞いた?」
いつもだったらそんな会話など、聞いていなかったけれど、廊下を曲がろうとした際にたまたま聞こえてきた下級生と見られる女生徒達の会話から聞こえてきた名前に、思わず足を止める。
「マクレーン様、本当にかっこいいですわよねぇ」
「あら、マクレーン様はダメですわよ? あの方には既に、優秀な彼に相応しいアリシア様がいらっしゃるのですから!」
どうやら悪口を言われているわけではないということに少しだけホッとするけれど、カイル様が褒められているのを聞いて嬉しいし全面同意の反面、モヤッとした気分に陥る。
(って私何言っているの! カイル様の婚約者面をしているけれど、私は一時的に結ばれた婚約者で……)
そこまで考えてチクリと胸が痛んだ……私の耳に、信じられない言葉が聞こえてくる。
「そのマクレーン様のことですけれど、ご存じですか?
マクレーン様は、あの王立魔法研究者にスカウトされたのですって!」
「……!?」
その単語に、私は目を見開く。
(……王立、魔法研究者?)
それは確かに、小説に出てきた言葉だった。
それも、カイル様の口から。
(王立魔法研究者って……、カイル様の、夢よね?)
小説中、勇者パーティーが歩きながら将来の夢を語るシーンがある。
カイル様の、数少ない出番の一つだ。
その時、カイル様は己の夢を語ったのだ。
『王立魔法研究者になって、王宮書庫室の書物を読み、研究したい』と。
カイル様は、無類の本好きであり、同時に研究熱心でもある。
ただ、その夢は小説中で叶うことはなかった。
なぜなら、王立魔法研究者は王家の者から声がかからなければ入らない……、つまり、選ばれしものになれなければ叶えられない夢なのだと、描写されていた。
(小説のカイル様だって十分優秀だったはず。
だけど、その夢は叶うことなく、代わりに辺境伯という地位を授かった……)
それでも十分凄いことだと思うけれど、当時思ったのだ。
どうして夢を語らせておきながら、その夢を原作者は叶えてあげることをしなかったのかと。
それくらいインパクトに残る場面となっていたのを思い出している間に、彼女達の話は進んでいた。
「でもその話、マクレーン様は断ったそうよ」
「!?」
「なぜ!?」
まさか。口数が少ない彼が夢を語るときは饒舌なのねと、ヒロインであるクララも記憶していたくらいなのに。
(そんな夢を、王家からのスカウトというこれ以上ない誉を、どうして)
私の疑問は話を聞いている方も同じだったらしく、聞き返したのに対し、その理由を知っている方が口にした。
「それは、ズバリ……、アリシア様がいらっしゃったからだそうですわ!」
彼女達はその言葉に歓声を上げるが、私としては冷水を浴びせられたような気持ちだった。
(……私が、いるから?)
カイル様は、ご自分の夢を叶えることを断念したというの……?
(でも、どうして)
新たな疑問が生じたのに対し、彼女達の内の誰かがまるで答えるかのように口を開いた。
「そうですわよね! 確か王立魔法研究者は機密情報を扱うため、外部との接触を絶たれる……つまり、妻子がいる研究者は、一生王城暮らし、あるいは別れを選択しなければならないとお聞きしましたわ!」
(……まさか)
婚約者である私がいることで、彼の足枷になっている……?
(でも、私は婚約者などではなく、ただの一時的な婚約者。
しかも、それは一年という契約だから、一学期で終わりを迎えるはず。
だから、カイル様が勇者パーティーから戻った際には、既に私達は……)
だというのに、どうして?
そこまで考えて、ある考えに行き着く。
(まさか、カイル様は私とその後のことを、考えてくれている?)
どこまでも優しいカイル様ならあり得る話だ。
確か私が一時的な婚約話を持ちかけた際も、私の心配をしてくれていたくらいだから。
考えが行き着いた私は、そっとその場を離れる。
そして、授業の開始を告げる鐘の音が鳴っているのにも構わず寮目掛けて一直線に走り出した。
転がり込むようにして部屋に入ると、慌ただしくレターセットとペンを取り出す。
そしてペンを取り、文字を認める。
返事は既に出してしまったからと、簡潔に、分かりやすく。
その文を書くときは、情けなくも震えそうになってしまったけれど、何とか書き終えた私は封筒に入れ、封蝋を押し、呪文を口にする。
「風よ、カイル様の元へ送り届けて」
そう呟くように口にした刹那、手紙は私の手元を離れ、風に運ばれていく。
その光景を見ながら、私は口にした。
「……これで、良いのよね」
そう呟きながらも、隠せない想いが込み上げて、視界が滲んだのだった。
「本当に、それで良いのかい?」
お父様の言葉に頷き、口を開いた。
「はい。カイル・マクレーン様との婚約を、解消させていただきたいのです」
その言葉に、二人は動揺を隠すことなく狼狽えた。
無理もない、突然実家に帰った挙句婚約者不在で解消を申し出ているのだから。
それでも、私はこの決断を覆すわけにはいかないと、目を逸らさず静かに微笑むと、お母様も戸惑ったように口を開いた。
「私達がどうこう言うことではないかもしれないけれど、マクレーン様から貴女に婚約を解消しましょうと言われたわけではないのでしょう?」
「はい。カイル様は全く、関係ありませんので彼を責めないでください」
「では、どうして」
「……カイル様には、幸せになっていただきたいのです」
「「!」」
カイル様が夢を諦めた理由が私なら、私はその私という枷を外して差し上げたい。
だから。
「カイル様の幸せに、私はいてはいけないのです」
そう言って笑みを浮かべてみせたというのに、両親はハッと息を呑む。
嫌な予感がして目元を拭えば、確かにその指先は濡れてしまっていて。
「っ、あはは、嫌だ私ったら」
「……アリシア」
(だって)
一時的な婚約にと言い出したのは私だし、ここで婚約を解消すれば、カイル様は王立魔法研究者への道が開かれ、私は望んでいた実家暮らしハッピーエンドを迎えることができる。
つまり、双方の真のハッピーエンドを迎えるためには、婚約を解消するしかない。
だから。
「婚約解消のお話を、進めてください。
よろしくお願いします」
そう言って頭を下げたけれど、両親は眉尻を下げ、終始悲しそうな表情を浮かべていたのだった。
そして、それから更に十日程が経った。
試験は三日前に迫っているけれど、全く集中出来ずにいた。
その理由は、一週間毎にやりとりしていた手紙が、一週間が経った今でも返事がなく、またこんなことは初めてだったからで。
(……もしかして、彼の身に何かあったのかしら)
一瞬そんなことが頭をよぎるけれど、このお守りからは確かに魔力の流れを感じるし、第一カイル様に限ってそれはないわよね、という考えはすぐに打ち消される。
だとしたら、後考えられるのは……。
(彼の元まで届かなかった、とか)
こちらは大いに有り得る話だと、思わず嘆息する。
(だとしたら、それは不味いわよね)
返事の後に追って出した手紙には、婚約解消の旨を綴っていた。
そのため、きちんとその手紙がカイル様の手元に届かなければ、意味がない。
「……婚約してからもうすぐ、約束の一年が経とうとしているのよね」
だから、本当に困るのだけど……。
(やはりもう一度、手紙を出そうかしら)
そう思い、踵を返そうとした、そのとき。
ブワッとありえないくらい強い風が吹き荒れる。
「っ!」
咄嗟に腕で目元を覆った刹那。
「ッ、アリシア!!!」
「……!?!?」
まさか、ありえない、そんなはずは。
一秒にしてそう思った。
だって。
(魔王討伐へ行っている貴方が帰ってくるのは、半年以上後の話でしょう!?)
そう思うのに、彼が目の前にいるのは確かに夢のようで夢ではないと気が付いたのは、一瞬で近付いて来た彼が私の肩を痛いくらいに掴んだから。
「っ!?」
そうして驚く私に、彼……カイル様が開口一番、鬼気迫る顔で告げた言葉は。
「婚約は解消しません!!!!!!」




